久しぶりにテレビドラマを見た。年のせいか、恋愛ものやコメディーよりも、刑事ドラマや事件ものがいい。

あるドラマで、

「100円と、100円のりんご、どちらが偉いか」

という問いが出されていた。問いを出したのが社会保険労務士、受けたのが役人。

考えてみた。やりとりしているのが、社労士と役人。100円を出す会社側、りんごが労働者側で……などと想像しながら。

しかし、劇中、役人はずばり答えとその理由を言い当てた。私は外してしまった。
どちらが会社側・労働者側か、なんてのは関係なくて、答えは、こうだっだ。

100円は、他人が100円だと認めてくれるから100円。他人がそう認めてくれなければ、何にもならない。
一方、りんごは、他人が何と言おうと、りんご。りんごとしての価値を持つ。
だから、りんごが偉い。

だいたい、こんな感じの答えだった。

まあまあ、こんな答えや理由づけに、異論のある人もいるだろう。ただ、私は、ドラマを見終わって、少し考えさせられた。

自分は100円と、100円のりんごの、どちらなのだろう。
そもそも、偉いほうを目指す必要があるのだろうか……

ん……、考えさせられるドラマはあまり見たくないな。

ところで、ドラマはNHKオンデマンドで見ることが多い。「実験刑事トトリ」も面白いが、「ハードナッツ ~数学girlの恋する事件簿~」が面白いぞ。今夜日曜夜放送ではないか、録画しよう……と思ったら、我が家では見られない、BSプレミアムだった。残念。
「コーヒーのおかわり、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。」(が、「いいえ、結構です」の意味で伝わる?)

「おつまみは、焼鳥で大丈夫ですか?」
「大丈夫です。」(が、「はい、お願いします」の意味で伝わる?)

いつから、こんなに「大丈夫」という言葉を使うようになったのだろうか。

そう気になり始めると、仕事でもそんな会話ばかりだ。

「いま、お電話大丈夫でしょうか?」
「全然大丈夫ですー」
「火曜の14時で大丈夫ですか?」

大丈夫?
「神戸の人って、元気っぽいイメージがあるぅ音譜

根津の飲食店。「って」「っぽい」。隣の女2人客の乱れた日本語に、お通しと青唐辛子の出し巻き玉子を食べたところで、食欲が失せる。

こいつの話を、いつも聞いていたら……そう、パートナーのように、家族のように聞いていたら、痩せるかもしれない。

「私の彼氏がさぁ……」

あ、そうなの。

「私、ずっと太平洋に住んでいるからさぁ……」

あ、それ無理フグ

(「」内は、聞いたまま)
「8さん、きょうは3軒めですか?」

「きょうは、いったん家に帰ってからいらしたのですね?」

と、バーテンダーに言い当てられてしまう。Facebookやブログに書いていないのに。

家族でもそんなこと、言い当てない。どうしたものか。どうもしないか。



山手線沿線の西側の区で働き始めて約5か月。久しぶりに港区に来て思う。

港区は、いいなー、と。

港区が、とは言い過ぎかもしれない。このいつものバー(いまや、「かつての」いつもバー)が、なのかもしれない。

港区で働いたのは約7年。港区で働き始めたのは、勤務先のオフィスが移転したから。それまでは中央区の下町にあって、港区移転と聞いて少しワクワクしたものだが、移転してすぐに中央区の風情や情緒や美味しいランチのある界隈が恋しくなった。

千葉県出身の私はそれまで知らなかったのだが、港区のオフィスの周辺が、こんなにもあんな歓楽街(お察しください)だとは思わなかった。歓楽街なのだから、バーをもっと開拓しようとすればできたのだが、なぜかそういう気にならなかった。中央区勤務時代には、徒歩圏外の銀座までよく行ったのに。

港区勤務のときには「港区、いいね!」と思わなかったのに、なぜいまはそう思うのか。航空会社を辞めてから、航空旅行が楽しくなり、「飛行機は飛ばすものではなく、乗るもの」と思ったのと同様、「港区は働くところではなく、飲むところ」なのか。

……いやいや、港区で、労働時間くらい飲酒していたのに、それはないだろう。

とりあえず、ジンリッキーを2杯飲む時間で答えは見つからない。快適な新宿(言っちゃった)ライフのためにも、ちょっと考えてみる。

3杯めを飲むし、スマホで書いているので、きょうはここまで。