前日の疲れも癒えぬまま、2日目に突入した家族旅行。
家族旅行と称しても、兄弟だけなのだから兄弟旅行じゃないのだろうか。

「いてて、日焼けでヒリヒリするよ・・・。」

疲れて早く寝たせいで、朝食にはまだ早い時間に目が覚めてしまった。
今は時間に関係なく人がいない砂浜を散歩している。
朝焼けに染まる空はどこか儚げで、朝の空気は夏とは思えないほど清々しい。

「あれ、人がいる・・・。」

昨日一日遊んでも人がいなかった砂浜に人がいた。

「おはようございます。」

反対方向から歩いてきた相手に対し、挨拶をする。

「おはよう。」

相手はデニム地のショートパンツにTシャツ一枚の格好で、少女のような、お姉さんのような年齢不詳っぽい感じの女性だった。
肩にかかりそうなセミロングの髪を、朝の風になびかせながら歩いてくる。

「君は・・・神野勇馬の弟君かな?」
「え?」

僕の目の前に立ち止まる。
不意に兄ちゃんの名前が出され、しかもその弟であると言い当てられる。

「あ、はい。勇馬の弟の勇輝ですけど・・・あなたは?」
「やっぱりね。そう、怪しまなくても大丈夫よ。」

あからさまに怪訝そうな顔をしていたらしい。
ふふっっと手を口に当て目を細め笑っている女性が自己紹介を始めた。

「私は深町涼子、年齢は秘密、あなたのお兄ちゃんの友達よ。」
「あ、そうなんですか。」
「勇馬とそっくりだからすぐわかったわ。」
「似てるなんて初めて言われました。」

自慢じゃないが兄ちゃんとは、似ても似つかないと有名である。
外見なら夏輝とは似ているらしいが、兄ちゃんとは外も中もまるで似ていない。
それどころかお兄ちゃんはすごいのに弟は普通の子だとよく言われている。

「そういう意味じゃないわ。似てるのはあなたが持ってる雰囲気の事。」
「雰囲気・・・ですか・・・?」

いまいち理解できずにいると、手が伸びてきて頭を撫でられる。

「そう、雰囲気。同じピアスしてるし、あなたも将来は大きな人間になるわ。」
「そうなれるようにがんばります。」
「勇馬より素直でかわいいわ。私の弟になる?」

からかわれているのか、思いもよらない提案をされる。
それに気になることがひとつ、「兄ちゃんと同じピアス」。

「あの・・・兄ちゃんも同じピアスしてたんですか?」
「そうだぞ。」

不意に後ろから声が聞こえ、深町さんの手を頭に乗せたまま振り返る。

「あら、勇馬。もうちょっと勇輝君と二人っきりがよかったわ。」
「そんなこと言わないでください、涼子さん。お久しぶりです」

そう挨拶をすると、まだ眠そうに欠伸をかみ殺しながら歩いてきて僕の後ろに立つ。

「久しぶりね、元気にやってるようね。」
「それはもちろん。涼子さんも元気そうで何よりです。」

どうやら涼子さんより兄ちゃんのほうが立場が低いらしい。

「それで今回はどうしたのかしら?勇馬がここに来るときは何かあるんでしょう。」
「なにもないですよぉ。ただの家族旅行ですから。」

あははと笑い飛ばしているが、なにかしらの意味を含んでいるような気がした。

「まぁいいわ。私は家に居るからまた後でいらっしゃい。」
「わかりました。」
「またね、勇輝君。」

僕が返事をする間もなく振り返り颯爽と歩いていく。
兄ちゃんと2人で立ち尽くし、涼子さんの後姿を見送る。

「兄ちゃんでも頭が上がらないなんて事あるんだね。」
「まぁな。あの人は怖いぞ。」

そんな怖いようには見えなかったけど。
兄ちゃんの言い方も、真剣なような冗談のような感じだ。

「よし、夏輝を起こして朝飯だ。」
「うん!」
兄ちゃんの思いつきか計画か、どっちかわからないけど急に家族旅行になった。
前日発表、絶対参加、反対意見は不可なのです。
当日も朝日が昇る前に起こされ、朝日を見ながら出発するのであった。
兄ちゃんの車で海に向かう。

「兄ちゃん、これって遠出する車じゃないと思う。」
「なにがだぁ?ちゃんと3人乗って荷物積めてるだろ。」
「そうなんだけど・・・。」

兄ちゃんの車は、スポーツカーでトランクと後部座席に荷物がどっさり。
兄ちゃんはもちろん運転席で、助手席は夏輝が座っているから、必然的に荷物の間に僕が納まることになる。

「く・・・苦しぃ。一番優雅なのは夏樹の膝の上にいるルーンか・・・。」

ルーンとは兄ちゃんの飼い猫、男の子でまだ1歳ちょっとと元気盛り。
車は海へ向けてひた走る。
僕の住む町は少し内陸部にあり、海へ行くには少し遠出になる。
夏休みがあけたら、地元の紹介もしたいと思う。
早く旅館でゆっくりしたいなぁ・・・。

「もうちょっとしたら休憩するから我慢してろ。」

小さくため息をつき、狭い車内に全開の窓から流れる夏の香りを感じていた。
何度か休憩を取り、昼前には水平線が広がる海へ到着した。
夏のビーチは混んでいる。と、思いきやそこはプライベートビーチのように貸し切り状態だった。

「貸し・・・切り・・・?」
「当たり前だろ。混んでるビーチなんか楽しくないからな。」

見渡す限りの海の青と、雲が高い夏空の青が輝いていた。

「すっごーい!」

あの渋っていた夏輝も、この空と海の前ではこの通りである。
さくっとビーチサンダルに履き替えて砂浜に飛び出していった。

「力仕事は男の仕事だよねーっ。」

寄せては返す波と戯れながらそう叫んでいた。
こういう時だけ女だもんね。

「兄ちゃんにも・・・つ・・・。」
「ん?もう運んだぞ。勇輝も砂浜で遊んで来い。」
「いっぱいあったのにもう終わったの?」
「まぁちょちょいっとな。」

フフンと鼻で笑い旅館の入り口へ行ってしまった。
マジックで一瞬というわけか。
なるほどと一人納得して砂浜へ駆け出す。

「ゆうきーっ!ヒトデとかいっぱいいるよぉ。」
「ホント!?」

生き物を観察したり、シュノーケルで海の中を覗いたり、その日は一日で真っ黒になるほど太陽の下で遊んだ。
夏休みも終わりが近づいてきた。
盆休みに入り、友達は里帰りや家族旅行に行ってしまっている。
うちはと言うと、父さんは盆休みなんて関係なしに働いている。
母さんも同じ職場だから同じく、休み無しで働いている。 

「僕も家族みんなで遊びにいきたいなぁ。」

部屋でそんな事を考えて、夕食前の時間を過ごしていた。

「ゆうき~、もうすぐご飯だから降りて来てぇ。」
「わかったぁ。」

夏輝の大きな声が階下から響き、ご飯の報せを運んできた。
今日もマジックの練習で腹ペコだ。
でも、マジックを使うとお腹もすくのかな?

「兄ちゃんに聞いてみよ。」

今日の夕飯当番は兄ちゃん。
兄ちゃんの手作りカレーを、兄弟3人で食す。
ちなみに、両親が仕事で留守のときは自分達で作ることになっている。
母さんが居るときは母さんのご飯が食べられるが、居ないときは3人で持ちまわり当番というわけだ。

「父さん達は今日も泊り込み?」
「あぁ。最近忙しいみたいだなぁ。」
「そっかぁ。」

父さん達がいないのはいつもの事だ。
だからといって家族仲が悪いわけではない。
むしろ、5人揃った時はうるさいぐらい賑やかで仲はいいと思う。

「親父達に用があったのか?」
「ううん、なんでもないよ。」

そう、いつもの事だからなんでもない。
話を変える為にさっきの疑問を聞いてみる。

「あのさ、夏輝もマジックの練習してるんだよね?」
「もちろん、怖い先生もいるしね。」

僕と夏輝がチラッと兄ちゃんの方を見ると、うれしそうに笑っていた。
怖い先生とはもちろん兄ちゃんの事だ。

「俺は優しいぞぉ。手取り足取り教えてやるよ。」

手取り足取りは勘弁してもらいたい。

「夏輝はマジック使うとお腹すく?」
「お腹?疲れはするけどおなかはすかないよぉ。」

おかしなこと言ってると笑われてしまった。
どうやら僕だけがそうなのか、あるいは他の要因があるのだろうか。

「勇輝は一日中マジックしてるからな。あんだけやれば腹も減るさ。それより、兄ちゃんから緊急発表がある。」

ドキっとするが、兄ちゃんの事だからまた面白いことを思いついたに違いない。

「今度は何するの?」
「変なことはいやだよ。」

僕が聞き返すと、気持ちを代弁するかのように夏樹が兄ちゃんに釘を指す。
すねた口調で兄ちゃんが続ける。

「変なこととは何だ。いつも楽しいことだろぉ。」
「そうだね。それで何するの?」
「明日から海に遊びに行く!」
「そうなの、いってらっしゃい。」

夏輝は軽く返して、食べ終わった食器を持って立ち上がる。
僕も自分が行くなんて思ってないから「気をつけてね」と返す。

「家族旅行です!」

兄ちゃんはそう言いきってカレーを一口。
鼻歌なんかしてノリノリである。
僕と夏輝は思っても見ない言葉に呆然としてしまい、数秒間フリーズした。

「行きたくないのかぁ?」
「行きたい!」

さっきまで考えていたことが現実のものとなり僕は即答した。
しかし、夏輝はどうしたものかと返事を出来ずにいた。

「私、予定が・・・。」

和やかな雰囲気を保っているが、兄ちゃんの周りだけ空気が凍りついたような気がした。

「ご馳走様!僕部屋でマジックの練習してるね。」
「勇輝、明日早いから早く寝るんだぞぉ。」
「はぁい。」

夏輝の方を向き両手を合わせて「ごめん」と口だけ動かして階段まで来る。
リビングでは夏輝が日取り変更を願い出てる。
兄ちゃんがそんな簡単に変更してくれるわけがない。
しぶしぶ夏輝が折れて予定をキャンセルするようだ。

「兄ちゃんが決めたことなんだからそうなるよね。」

夏輝が来る前に自室に入り、床に寝転ぶ。
そういえば兄ちゃんの猫はどうするんだろう。
うちには猫が1匹いるのだが、普段は兄ちゃんが世話をしていてめったに見かけることがない。
明日行く時になったらわかるだろ。
寝転んだまま両目を閉じ、両手を顔の前で広げ、水の生成をする。
出来た水を口に放り込むが、純粋なH2Oだからおいしくはない。
それから何度か水を作っては飲むのを繰り返し、明日に備えて布団にはいった。