宮崎吾郎監督の「コクリコ坂から」、このジブリ映画を観た方はそれぞれが各個人の想いを胸に抱くだろう


かくいう私も「コクリコ坂」に対して特別な想いを抱いた一人である 私は、今年で二十歳の若輩者なので、団塊世代のような懐かしさは抱かなかったが 昭和の学生徒の熱い「団結力」に強く興味を惹かれた



今回はこの映画の「団結力」に少し触れてみたいと思う



この団結力は本作に出てくる港南学園の学校会館、「カルチェラタン」で顕著にみられる ここでの「カルチェラタン」は、港南学園の文化部が犇めき合っている言わば一種の冥界のような建物だ

外装は一見、立派な洋館のようなものなのだが 内部は、片付けていないであろう散らかりっぱなしの書籍やカルチェの住民達でごった返していて目も当てられないような風貌であり、やはり冥界といっても過言ではないだろう



こんな妖怪しか住みつかないような「カルチェラタン」ではあるが、カルチェの住民達は一種の団結力で結ばれている 例えば、カルチェの集会の日になると住民達は講堂かどこかに集まり、一斉に自分たちの持論を持ち出して大声でしゃべりだすのだが、教師の足音が聴こえれば 秀才の水沼殿が壇上に立ち、校歌を歌いだす それを皮切りに住民たちも歌いながら我が物顔で講堂に入ってくる教師達を迎え入れる


これこそ団結力の最たるものではないか つまり生徒どうしが信頼しきっているという証である




そして、もう少し作品を観ていくと「カルチェラタン」の取り壊しといった流れになる


ここでもやはり生徒間の「団結力」が生きてくる 具体的には薄汚い「カルチェラタン」を掃除して磨き上げ、取り壊しを決定した理事長に見せて 考えを改めてもらおうといった目論みだ


この清掃のために住民一同が集まり見事な連携で冥界のような「カルチェラタン」を人間界に戻してしまうのは、感極まる心持ちなのだが 私個人としてはどこか悲しい気持ちがしないでもない




そんな独特の団結力を見せてくれる印象的な「コクリコ坂から」なのだが、この映画をみるといつも過ぎ去った私自身の学校生活を思いかえしてしまう 果たしてそのような環境の生活があっただろうか

過去の記憶は曖昧なので一概には云えないがおそらく無かった 一見、和気藹々と話しているように見えても、誰もが疲れた目で魂の抜けた殻を無造作に動かしているだけだった


当時はそれが当たり前だと思っていた 今となってはそんな環境があってもよかったのではないかと感じてしまうが、過ぎ去ったことなので惜しんでも仕方がない


しかし、具体的な‘違い’は考えれば見つけることはできる 私はおそらく‘攻撃性’ではなかろうかと睨んでいる 攻撃性と言っても暴力行為などの攻撃性ではない 私がここで唱える攻撃性とは何事にも本気で挑む姿勢、つまり‘一生懸命さ’である


私が在籍していた学校では、本気で物事に取り組む姿勢をどこか嘲笑うような風潮が流れていたように思える 私も例に漏れずそんな環境に流されていたうちの一人だった


しかし「コクリコ坂から」をみると、学生徒 一人一人が攻撃的でとても生き生きとしている 勉学、趣味、恋愛 とにかく全てにおいて攻撃的なのだ


彼らを見ていると私が知っている学校とはかけ離れた空間で生活をしているようにさえ思えてくる



そんな学生徒らに憧れを抱いてはいるが、彼らに近づけないということではない 彼らに近づくには自分が攻撃的になればいいだけの話である


攻撃的に過ごして、目標も攻撃的に達成する



そんな風に生きたいと切実に願う