それは怒り。
怒りをコントロールするって本当に難しい。
私なんて些細なことで直ぐに呑まれる。
何とかしたい、手放したいのに、直ぐ飲まれる。
ちょろい、ちょろすぎるぐらい…はぁ。
怒りってなんだろうね。
怒ってる人って凄く世界に(日本に?)溢れてる。
カウンセラーですら怒ってる。
私は以前カウンセリングに通ってたんだけど(今はある事がきっかけで行ってません)、
話の流れで母親の話になって。
カウンセラーのお母さんも支配的な人って話しになった。
でも今でも差し入れとか交流があるようなので、軽い気持ちで「あなたの母親も支配者だそうですが、どうやったらそういう母親と付き合えるのですか?」
と聞いたとたんに目が釣りあがって怒りだした。
それを見て「あ、この人もまだ怒ってるんだ」って気づいたんだよね。
カウンセラーとかセラピストとか精神科医とか。
心に携わっている人ってじつはまだ怒り続けているひとがたくさんいるんじゃないかな、って思うようになった。
怒ってるからこそ心に興味を持つんじゃないかなって。
怒ってると上手くカウンセリングできない。
二次被害も洒落にならんほどある。
だけどカウンセラーもおんなじ人で。
そもそも初めから怒りに囚われてない人はこの分野に興味なんてないだろうし、解き放たれるのは至難の業。
自分はもう怒りを解き放った、心を制御してる。
って思ってる人ほど、じつは囚われてる。
私はまだ解放された人を見たことが無い。
どこかにいるかな。いたら会ってお話しを聞いてみたい。
一緒に町を歩いて、お茶をして並んで座って静かにその人を見ていたい。
その人はどんな風に感じて怒りを手放して、人と接して何を感じているんだろうって。
知りたい。
私は怒ってない人を知りません。
お父さんは生まれる前から怒ってばかりの人。
両親に愛されず、愛を知らず、光源氏みたいに母親のような女性を求めてふらふらばかりして。
私たちを自分をしばる存在にしか思えなかった人。
お母さんもずっと怒ってる人です。
両親は不仲で、母親は先に死んで。継母とは上手くいかず実家に居場所がなく。
家族像を描けず父親にのめりこんで子供を縛り付ける道具しました。
でも怒ってないふりをしてる。どろどろな人。
おばあちゃんもおじいちゃんも愛情不足で、愛を知らない人。いつも怒ってばかり。
息子を愛せず否定して、あてつけのように親戚の子ばかりをかわいがりました。
祖父母も、両親も、姉たちもみんな怒り続けてる。
そして私も。
私は素直な感情の発露を知りません。
よく心に感じたままにって言うけど、心を感じることをずっと禁止されてきた人はそれすらも分からないのです。
だから人と接しても共感が出来ない。わからない。
それはとても悲しいこと。寂しいこと。
怒りを手放した心の交流が見たいし、したいです。