今回の話は2つありますので、2種類話したいと思います。
1つ目は、先般ある動画で「今後の未来を考える」についてある政治団体に関わっている有名な方へのライブ動画なんですが、それを見たんです。結構長く2時間ものでしたが倍速などしてみました。その際にある年配者の方の発言時に、年配者の発言へ向けたある方のコメントを見ながら動画を見てましたら、こう言うのが。
「若者に期待する」と言う事を年配者の方が言ってたのですが、それに対し「世の中をこんなに悪くしたのは貴方達世代ではないか」と言うような内容を言っていました。補足説明をすると「これからの未来は若者が作ってゆくわけだから、若者がもっと意識を持って世の中を変えようとしてゆく動きが出ないとダメだ」ということを言われたんです。それに対してある方。つまりその年配者よりは若い方でしょう。その方が「若者がどうの、というよりもここまで世の中を悪くしてきたのは貴方達じゃないか。それを若者を集まれ、とか若者が気づき今後の未来や社会を変えるというのはどうか」と言う意見だったわけです。
なるほど。両者の意見は判りますね。年配者は今の世界や世の中を見て、未来に期待を持てないさまを嘆いていて、ただそれだけでは世は変わらないから、まずは年配者である自分たちが老体に鞭打って動くし知恵と経験があるからそれを伝えたいし、自分らも若い人の考えや他の方の意見も取り入れ、共に未来を築こうじゃないか。そのように言われている。素晴らしい姿勢と考えです。
一方、反対意見を言っている人は「歴史的経過」や「経緯」を見て「意見している」面もあるわけです。そういう考えや意見があるのに「若者よ集え」とは何事かと。若者に負荷をかけてどうするのか。また期待を寄せてどうするのか。貴方達が体たらくだったから、このように世の中が悪くなってしまったじゃないか。その責任も果たさないで、且つ今まで時間もあったのに何でもっと努力して世の中を良い方向に持って行かなかったのか。それではあまりにも無責任ではないか。確かにその意味は分かります。
ですが、そこは突っ込むところではないでしょうよ、と自分は思う。ツッコミどころが違うし観点も悪い。
言っていることは確かにそういう面はあります。それを無視してその年配者の意見だけを聞け、などとは自分は言いません。だが、問題なのは「年配者の言っている中身と姿勢」そこですよ。そこをどうするか。どうやるべきかを論じないと「ただの批判とあげ足取りで終わるだけ」です。
じゃあ、言いますがその反対意見を言った人は何か策があるのでしょうか?又は「自分ならこうする」とか案があって言っているのでしょうか?もしかしてですが、まさか「論破したくて相手だけを責めているのではないのでしょうね?」と言いたいです。
いいですか。その年配者は端折っていますが過去の自分たちの努力の不足・不十分だったことは「十分わかっているし認識もしています」だからこそ「老体に鞭打って動き・意見をしている」のでしょう。また実際に集まりを作って同じ考えがある方と一緒に行動をしている。その一辺を取りあげて「批判だけするのはさてどうか」と思います。
また話を良く聞けば判ってきます。決してその年配者は「若者に何でもやらせて自分らは楽をする」なんて微塵も言ってません。むしろ責任や自分たちが至らなかったからこそこうやって今世の中が悪くなったので、その贖罪というか、罪を感じて「老人でも立つぞ」といって頑張って行動を起こしているわけです。
実際その集まった仲間同士でも「必ず意見が合っている」とは限りません。その動画を見て自分も判りましたよ。それこそどこかの宗教のように「皆中心人物と同じ考え」そして皆全員「100%同じだ」なんてのはない。でも、それでいいと。何故なら「根底が同じ考えであればそれでいい」と言うのがあるからです。個人個人の考えは多少異があっても「構わない」そういう集まりです。これは良いなと思いますね。
そしてその中の一人が言っていましたが、こうやって仲間同士でも意見が合うものがあれば、違うこともある。だから、何でもかんでも「一緒の考えが正しい」とか「そうなるべき」ではなくて、人の意見を聞きながら「自分の考えも持つ」自分で考えることが大事なんだ、と言ってましたが、その通りです。
普通は集団となれば必ず問題が起きます。だから今言ったような「個としての自分」を持つと逆に集団としては「まずい」んですよ。何故かと言うとそれが「解体」「破綻」「分裂」「消滅」の原因になるからです。だからこそ昔は良く「皆が同意すること」を求められた。
だが今は時代も代わり、核(芯)さえあれば、意見は意見として認められる時代になった。これはある種「革命」だと思っています。昔はこう言うのは「タブー」でしたからね。
そしてその年配者が言ったのは、端的に見れば「若い人は寿命が長い」わけです。これからの未来はどうしても寿命上「若者らが構成するもの」です。いくら頑張ったところで年配者は「先に死ぬ」のが常です。
ただ、そうなると年配者の動ける範囲は少ない。だから年配者は若者へ情報を伝える義務がある。そして意味も。若者は情報や経験が少ない。だが、寿命とパワーがある。今の時代の若者は頭は良いし、勉強もできるが「意志の強さや粘りがない」点です。どこかふにゃふにゃしている。または変な方法へ逸れたり、無関心になりやすい。
そういうままでは世の中を変えるなど「できない」といっているわけです。だから、昔ながらの日本人としてのプライドと沢山の経験をしてきた人の知恵と、若者が今失っているものが「昔の人は持っている」わけです。それらを継承して後につなぐ事が「大事なの」です。そのための集まりであり、そのための集団的組織なのですね。
そこを批判だけしているから私は「言っていることは判るしその通りだが、じゃあその後は貴方の意見や考えは何だ」と言いたい。実際自分が見た動画は「録画されたやつ」だったんで意見できなかったが、もしもリアルで参加してたら、自分は直接言ってますよその方にね。
確かにその人の言う通り、自分たちや自分以前より生きている方々。いわゆる年配者ですね。この方たちが放置したわけではないが、ちゃんとやれてたら世の中は「こうも悪くなってなかった」のは事実です。そこは弁解のしようがない。
だけど、じゃあそれをやれなかったから「何も言うな」又は「若者よ集え」というのが「そんなに気に食わないのか」です。
余りにも浅い考えでこっちの方ががっくり来ます。じゃあ、自分ら年配者が責任とって後処理やるんで、若者よ見ててくださいとか、これから動いて責任とるんで許してください、と言えば気が済むのか?
最近の若い人のダメな点がかなり浮き出ていますね。こういう事ばかり覚えてきたんで、それしか能がない。そういう事を言っても良いが、その代わり「自分の意見」がないとダメです。今時の人はこの批判することを「自分の意見だ」と勘違いしている。この時点でもアウトです。意見と批判を混同している。その差も違いも「分からないで生きている」のが問題だと気がついてないのです。TVなどでのコメンテーターも同様で、話にならない人が多すぎる。だから国民も「皆それを真似る」のです。
だから批判しても良いが、自分はこう言う考えです。この方が良いと思います、と言えば相手も考えて良ければきっとまともな人であれば「反対意見の人を認める」でしょう。意見と言うのはそういうものです。
そして自分も「その年配者が言っている中」で「間違っているな」と言う点がありました。少ないですがありました。特に歴史的ないち部分と仏教の面で「ああ、間違った歴史解釈を信じているな」とすぐわかった。このまま行くと必ずどこかで頓挫します。又は理論破綻します。そこをこの年配者は判ってないんです。その最たるものが「法華経が仏教の最高の経典」と言っていますからね。ああ、墓穴掘っているなとすぐわかった。
良い事は言うんですよ。でも、嘘の歴史や真実を知らないとどこかで躓く。この方はそれを知らないんでしょうね。経験してない。自分はそれを経験したんでまるで「浮き出る汚れのように見える」洗濯をすれば汚れが洗剤で分解され浮き出るでしょう?あのような感じです。そしてかつての過去の自分も「それをした」んですよ。だからわかる。
これも録画ですから言えないんでブログだから言いましたが、そういうことです。そして意見するときは「あなたのここ間違ってますよ」と言わないで疑問点を優しく問う。そうすると必ずどこかで「気づきます」そうするとそこから真実を伝えれば相手も間違いを認めるんです。これが建設的な言い方と接し方です。批判をした人はこれも無かったよね。
だから物事と言うのは深いし、話し合うというのは大事なんですよ。気づきを得れますからね。それが大事なんです。だから何もどのように話すか。また内容はどうか。そこをちゃんとしないと「喧嘩や物別れ」で終わるのが常です。
さて、もう1つは「歴史的真実を知る事」です。先ほど言った「正しい仏教の歴史や内容」を知らない人が多いのと同じく、世界の歴史も「嘘を教えられているという事実」です。その年配者が動画の中で言っていた事項の1つですが、この事は結構重要で、それこそ「参政党」もここを良く言います。
何でかと言うと嘘を教えられていたら、将来や未来も狂います。だから当然道が逸れるのは「当たり前」です。
先にも言いましたが批判者が「世の中が悪くなったのはあんたら年配者のせいだ」と言いましたが、ここです。ここが重要。つまり、間違った歴史を教えられているから、間違いに気づかない。また本当の事項を知られたら悪党の仕組みがバレるんで、困るわけです。だから「嘘をつく」わけです。そして騙されている自分らは「悪党のいいようにやられる」わけです。
本当は説明する事項は一杯あるんですが、何カ月も話さないといけないのでやりませんが、批判者の言った事項に沿って説明すれば理解が早い。
世の中が悪くなったのは年配者のせいだと言っていますが、これは歴史を知らないから言った間違いの理論です。
いいですか?歴史を見れば、日本が何で世界大戦に入ったか・参加したか、です。そこも学校や世間で習う歴史では「こういう理由だ」と説明されますが、それがまさかの「嘘」だったらどうか?
正しい事を知れば、なぜ日本が戦争に参加したか。また世界で何で戦争が起きたか。そういう広範囲の事項が理由や仕組みが「わかってくるのです」そうしたら、その批判者が「世の中が悪くなったのは年配者のせい」は違っていて、実は「悪の組織(悪党)のプランに世界中の人が沿わされたから」だというのが判ったらどうか?
そう。年配者が悪いのでもなく、実は悪いのは「悪党らだった」ということです。しかも、これはかなり長い歴史の中でやられているので、つい2000年前とかでは済まない。最低でも25万年前まで遡らないといけなくなる。
何でこう言う事を言うかというとそれは「スピリ」で知ったからです。かなり長い年月物はスピリ系でないと知れません。まあ、そんな長いものはあれだとしても、せめて地球上での歴史である2000年前辺りからでも正しい歴史を知れば、まるで生き方や考え方が変わる程「嘘を教えられている」のに気づく。しかも全地球上の人類の大半が、です。
だから正しい歴史を知る人は「地球上でも僅かな人」だけなのですよ。ここが自分が言う「嘘を教えられれば未来まで狂う」というのがそこです。
そしてあまりにも歴史は長く広大なので、参政党も動画の中で言っていた年配者も方も言ってたのが「せめて江戸時代辺り」つまり「明治維新の前辺り」までと言うのが良く言われますね。そしてそこも符合している。
ちなみにその年配者の方は「参政党の関係者」ではありませんので、ご了承を。
そして自分が先ほど言った「今どきの若い人はふにゃふにゃで」というのは、これも見えてきます。実は悪党らは「日本人を抹殺か日本人全員を奴隷化して征服したいのです」だからその一環として弱体化させ無力化させて、それから支配する計画を行われているからです。だから、今時の人の大半は「弱体化」され、若い人だけでなく中年も老人も「弱体」子供は出生率が下がり、新生児は減っている一方。段々と弱くなっているのです。
そして病気も多い事。特にガンで亡くなる人が世界一です。そしてワク〇ンのせいで「急死・突然死」する人が増加の傾向です。
だから正しい歴史を教えられないだけに留まらず、実際的に「日本を乗っ取ろうとしている」から、日本は体たらくにならざるを得ないし、おかしくなっているわけです。また世界中で今色々起きているのも「世界を征服従っている輩の企み」で動いているからです。そしてこれは25万年前から「やられている」のです。
だから動画の中で年配者が「歴史を学べ。知るんだ」と言ったのがそこです。だから、自分のように「にわか知識」でもある程度分かれば「ああ、この人何を言っているか」とか「良いか悪いかぐらい」は判ってくるものです、そして滅多やたらに「批判などできなくなる」ものです。
だから参政党を自分が好きなのは、神谷さんが「正しい歴史を知らないと騙されて馬鹿を見ますよ」という点です。自分らは利権や勢力を持つ「悪党ら」に騙されて生きている面が大きい。だから、イランの事でも「どれがウソか本当か判らない状態」にされています。これが悪党の「やりかた」です。
だから悪党は自分らが「賢いとダメ」なんですよ。いつまでも家畜のように大人しく言うことを聞く存在でないとダメなんですよ。それこそ例えですが、家畜がもし「人間のような知能を持ったらどうか?」です。
それは牛でも馬でも羊でも豚でも鶏でもいいです。もし知能を持ったら「人間のいうことを聞きません」
そして実際的に人間を攻撃して逆らうとかをして人間を懲らしめるでしょう。
例として牛などをみると判りますが、大人しく言うことを聞くから「成立する」のです。これがもし、人間の言うことを聞いたら「殺される」と判ったらどうします?人間を攻撃して「自由をよこせ」とやるでしょう?
そして集団で襲い掛かったら人間も最初のうちは良いけど、途中で降参するはずです。多勢に無勢で、人間がギブアップするしかない。そうなります。
別な例で示しましょう。外国のどこかですが、ある道路に羊が沢山横断していたやつです。
車が道路を走っていたら羊がやってきた。しかも集団です。最初は数が少なかったが、まさか車と人間を「優先させろ」とは出来ないので、停車して羊が過ぎるのを待っていて、という動画か何かだったです。
ですが、これがもし羊が車に対し「どけどけ」とやったらどうなるか? そう。車はボコボコにされ、乗っている人も危ない。だから自分が言うのはそこですね。羊は本来は大人しく人間の言う事を聞くのが普通です。また実際羊追いを犬も参加させて「羊舎」に収めるために、人間と犬との共同作戦で、牧草地から羊舎へ移動と言うのをやるのも見たことがあります。普通はそういうものです。
これが人間に対して攻撃してこないから良いものの、もしも攻撃されたらひとたまりもありませんし、制御できません。
これが悪党が人間を操作することの流れと同じです。人間が羊で悪党が「人間」と言うだけです。
だから自分らは悪党からすれば「家畜同然」なんですよ。でも、動物は字も読めないし集団で立ち上がろうとしません。だからまだいい。これが人間が「馬鹿にするな」とか「黙っていればいい気になりやがって」と悪党に逆らったらどうか?
そう。悪党は降参しますよね。それを今後自分らは「やろう」と言っていることなのです。年配者が正しい知識や歴史をと言うものを学んで自分たちが本当の自由を得るために立ち上がるんだ」と言ったのはそこで、それを自分が言ったのが「核(芯)」と言う事だったのです。
長くなってしまいましたが、自分たちはもう悪の支配から「抜け出す」または「抗う必要」があるんです。日本の政治もそうです。今の政治家の大半は「悪党の側」の存在です。片棒と言ってもいい。だからこうも日本は疲弊しておかしくなっている。そこに気づき皆が決起して悪と戦わないと「良い政治はできない」のです。苦しみから脱出できないのです。
なのでそうことを知らないで批判した方は批判しましたが、これで「お門違いだ」と自分が言ったのが良くわかりますね?
なので、皆自分たちが「何をしてどうすべきか」を考え判断して正しく進む・行動する。これが世の中を変える方法なのです。
ぜひ、自分も老体に鞭打って頑張りたいと思います。それでは。