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思いついたらいろいろ書きます。コメントは基本的に見ません。ご理解のほどよろしくお願いします。


声優紹介

林原めぐみ

1986年デビュー。キティ役は1991年、当時海外留学中だった小山茉美から引き継いだ。2024年、サンリオの方針でキティ役を降板した。

松尾佳子

1960年代のテレビ黎明期から声優として活躍、鉄腕アトムの初代アトム役であった。最近は高齢により声優界を事実上引退した。

小野坂昌也

1980年代にデビュー。1992年から始まったアニメ「ツヨシしっかりしなさい」で脚光を浴びる。この頃はまだふざけていなかった。

300系のぞみ

1992年3月、それまでのひかり号よりさらに速い最速達列車としてデビュー。当初は東海道新幹線だけ、さらに朝夕のみの運転で、朝の1本は名古屋と京都を通過する今では考えられない列車もあった。300系はJR化後初の新幹線で、様々な新技術を用いてスピードアップを図った。


400系つばさ

のぞみに遅れること4か月、1992年7月に開業した山形新幹線用として登場。最大の特徴は新幹線と在来線を両方走る為に在来線の車体幅に合わせて車体が少し細くなっているということ。東京と山形を最速2時間38分で走る。福島まではやまびこと連結していた。

200系やまびこ

1982年、東北新幹線開業とともに登場した新幹線電車。0系に似ているが、雪国を走る関係で、耐寒耐雪構造と呼ばれる防寒対策が施されている。最高速度は0系より速い。本編でも触れられているが、上越新幹線でも使われていて、名前はあさひといった。

0系ひかり

1964年、世界最初の新幹線として登場。当時は東京と新大阪を3時間10分、最高時速210キロで走る世界最速の電車だった。ひかり号は東海道新幹線の超特急で、主要駅しか停車しない。初めて200キロで走った列車だったことから、夢の超特急と呼ばれていた。

100系ひかり

21年走っていた0系の後継として登場。0系の鼻をさらに尖らせたようなイメージ。最大の特徴はそれではなく、新幹線としては世界初の2階建て車両の連結である。2階部分にあったグリーン車や食堂車は、その眺望から人気を誇った。食堂車がない編成もあった。


100系グランドひかり

100系新幹線は2階建て車両の連結などから人気を得ていたが、全てJR東海所属で、JR西日本には配属されなかった。そこでJR西日本が製作した100系がグランドひかりである。外見は100系と変わらないが、2階建てが4両になり、食堂車など内装もより豪華になっていた。

スター21

1992年に登場したJR東日本の高速試験用の新幹線。時速400キロで走行できるのが特徴で、実際に上越新幹線で時速425キロを達成したこともある。1999年に廃車になったものの、この車両で研究、試験されていたことはE2系、E3系などに活かされている。

スーパービュー踊り子

東京と伊豆を結ぶ踊り子には普通列車にも使用される185系を使用していたが、その評判は悪かった。そこで、1990年にイメージを一新したリゾート車両が登場、それが251系だ。2階建て車両や個室、子供室などを備えた編成で、乗ったらそこは伊豆を体現する。

ゆふいんの森

1989年、博多から久大本線を経由して別府まで走る列車として登場。由布院周辺の牧歌的な風景から名付けられた列車には、昔の欧州の気動車をイメージしたエレガントの車両が使われている。車内はハイデッカーで、山や森の景色を沢山楽しめるようになっている。

かもめ

博多と長崎を結ぶ特急列車。歴史は古く、昔は京都から博多まで走っていた。1990年頃から、JR九州に所属している485系はJR九州のイメージカラーの赤に塗り替えられた。愛称もまんまレッドエクスプレス。他に、みどり、ハウステンボス、にちりんでも走っていた。

つばめ

1992年7月、JR九州は1975年以来格式に合う車両がないため封印していたつばめの名を復活した。その際、JR九州は他のJRに許諾を得ている。栄光の列車名に相応しい列車にする為、787系の車内はビュッフェや高級感のある座席など、他の特急よりも豪華になっている。

スーパーひたち

1989年、タキシードボディの異名とともに現れたJR東日本初の新型特急。JRの新型車両で初めてブルーリボン賞に輝いた。最大の特徴はそれまでの特急列車より速い時速130キロ運転ができる点で、それ以降の特急列車にも波及した。グリーン車には衛星テレビがあった。

成田エクスプレス

1991年、成田空港直下に開業した成田空港駅へのアクセス特急して登場。通称はN'EX。池袋、新宿、横浜、大船から成田空港へ運転されている。全ての列車が東京駅で連結、切り離しを行う。空港利用客を想定し、車内には大型荷物室があり、ドアも普通の特急より広い。


京成スカイライナー

1990年に登場したスカイライナーの2代目。先代の初代スカイライナーは、日本初の空港アクセス特急だった。地下にある成田空港駅乗り入れに備えて前面に非常扉を備える。京成上野と成田空港を1時間で結んでいた。ターミナルが上野に限られるが、利用率は高い。

近鉄アーバンライナー

近鉄の代名詞、名阪ノンストップ特急はかねてから東海道新幹線と互角の戦いを演じていたが、新幹線の車両が100系に代わると新幹線が優位にたった。そこで巻き返しを図るべく登場したのがアーバンライナー。デラックスシートなど座席が上質なのが特徴だ。

あさぎり

1991年、あさぎりは区間が沼津まで伸び、さらに小田急の片乗り入れからJR小田急相互乗り入れに変わった。そこで登場したのが371系である。371系は100系新幹線に似たデザインが特徴で、2階建てもある。JR特急なのに東京のターミナル駅が私鉄という珍しい列車だった。

小田急あさぎり

1958年に運行開始したあさぎりは、最初急行列車だった。1991年に特急に格上げされ、この20000形RSEが投入された。RSEはそれまでのロマンスカーと違い展望席がない。さらに連接車でもない。しかし、2階建て車両連結や豪華な内装もあり、ロマンスカーの格を守った。

西武レッドアロー

西武鉄道の特急列車として登場。しかし、池袋線、秩父線のみの運行で、新宿線や西武球場方面には運行されていなかった。レッドアローの名前通り、車体に赤いラインが走る。秩父の山中を走る関係で最高速度は100キロに抑えられている。矢の如く速くはなかった。

小田急ロマンスカー

小田急電鉄の特急電車は、全てロマンスカーと呼ばれている。箱根や小田原に向かうはこね、さがみと片瀬江ノ島に向かうえのしま号がある。ロマンスカーとはロマンスシート(2人掛け座席)を持った列車の通称。画像のNSEは2代目ロマンスカーで、初の展望席車両だ。

北斗

北海道の函館と札幌を室蘭本線、千歳線経由で走る特急で、北海道を代表する特急と言える。北海道の大きな都市を結ぶためか運転本数もかなり多い。キハ183系500番台は1986年に登場。基本番台と500番台は見た目が全然違う。さらに、塗装も変更されていた。


踊り子

それまで運行されていた特急あまぎと急行伊豆を統合する形で登場。名前は川端康成の小説「伊豆の踊り子」から。185系は普通列車にも使える特急車両としてデビューしたが、あまりに内装がしょぼく、特急にありがちなリクライニングシートもないので不評だった。

かがやき

1988年、それまでの北越号より速く上越新幹線と北陸地方を結ぶ特急として登場。長岡と金沢の間を高岡、富山と直江津、一部魚津しか停まらずに走ることで上野と金沢を4時間10分まで短縮。兄弟列車に米原と金沢を福井だけしか停車しないきらめきがあった。

歌1 ハローキティ

あのハローキティのポップコーンでお馴染みのアレである。よくネタにされるアッという部分は、元曲の歌手である藤本房子のしゃっくりを擬似的に再現したものらしい。

蒸気機関車

蒸気機関車は、最初に鉄道が走った頃に走った列車で、石炭を燃やしてお湯を沸かして蒸気をつくり、その蒸気の力で動輪を動かす作りである。蒸気機関車は国鉄時代一度絶滅したが、現在少数が復活して走っている。大井川鐵道はそのパイオニアと言える存在だ。

電気機関車

電気機関車は、蒸気機関車に変わって客車や貨車を牽引するために登場した。電気機関車と言えどタイプが複数あり、EF65のような直流用、EF70のような交流用、EF81のような交直流用がある。EF65は直流用で、貨物列車からブルートレインまで様々な列車の先頭に立った。

わくわくだんらん

JR西日本金沢支社のお座敷列車。相次ぐ急行列車の削減で余剰になっていた12系客車を改造して作られた。後に両先頭車が展望車に変更されている。臨時列車に使用されたが、2007年に引退し、廃車になった。

貨物列車

貨物列車は、物を運ぶ列車で、人間は乗車できない。主にコンテナ車やタンク車で構成されている。沢山繋げた貨車を機関車が牽引して運ぶ。JR貨物のほか、一部私鉄でも運転されている。さらには大手私鉄でも、貨物列車を運転していた私鉄が何社かは存在した。


ブルートレイン

ブルートレインは、JRの寝台特急のことで、客車の色が青なのでそう呼ばれた。最初は20系は九州行きしかなかったので九州夜行と呼ばれたが、東北本線に登場したためブルートレインに変わった。車内には2段式ベッドや個室寝台、食堂車にロビーカーと充実している。

寝台特急富士

富士は、東京から西鹿児島を日豊本線経由で結んでいた寝台特急で、かつては日本一の長距離列車だった。名前の由来は言わずもがな日本一高い山富士山である。時代の流れとともに、宮崎、南宮崎、大分と短縮がされていき、食堂車やロビーカーの連結もなくなっていった。

歌2 けろっぴロック

けろっぴの曲なのだが、けろけろけろっぴのキャラクターCDには何故か殆ど収録されていない。知らない人も多いのではないだろうか。歌は岡崎裕美。


トロッコ列車

主に木材を運ぶ為に使用されていた列車で、山中によく走っていた。線路の幅が普通鉄道より狭い路線が多い。木材輸送が大量に運べるトラックに切り替えられた今は多くが廃線となったが、この木曽森林鉄道のように観光用として走る路線や列車が幾らかある。

東京モノレール

1964年の東京オリンピックに合わせて開業した日本初の営業用モノレール。東海道本線の浜松町駅から羽田空港まで走る。このモノレールは跨座式と呼ばれているタイプで、一般的にまたがるタイプと言われる。現在ではモノレール唯一の快速電車も運行されている。

上野モノレール

上野動物園の中を走るモノレールだが、アトラクションではなく立派な交通機関。こちらは懸垂式と呼ばれるタイプで、レールにぶら下がっているように見える。1957年の開業後、長きに渡って使用されたが、大量輸送できないために電気バスに置き換え。

路面電車

路面電車は道路上に敷かれた線路上を走る路線。昔は沢山走っていたが、自動車が増えると通行の妨げになる、という理由で廃止が相次いだ。画像の都電荒川線の場合は併用軌道が僅かしか無かったので生き残った。現在でも東京の下町をのんびり走っている。

ケーブルカー

ケーブルカーは、山の上と下の駅、車両をケーブルで繋ぎ、それをウインチで巻き上げて走らせる列車である。山の斜面をまっすぐに登り、標高差もあまり苦手にしていない。日本では箱根登山鉄道や近鉄生駒ケーブルなどでケーブルカーを見ることができる。

サンフランシスコのケーブルカー

サンフランシスコのケーブルカーは、サンフランシスコの象徴であるが、運行範囲が狭く運賃が高いので、実際は観光鉄道である。他のケーブルカーが専用軌道にケーブルを引いて走るが、サンフランシスコの場合は併用軌道に引かれたケーブルカーである。

登山電車

箱根登山電車は、神奈川県の小田原と強羅を結ぶ日本唯一の本格的な登山電車である。登山電車は、箱根の最大80‰の急な山道を途中3回のスイッチバックを行いながらゆっくりと登る。最近では登山電車の運転は、箱根湯本から強羅までに短縮されている。

地下鉄

地下鉄は、その名の通り地下を走る鉄道である。大都市で居場所の無くなった路面電車に代わる交通手段として登場した。日本の場合、殆どの地下鉄路線が他の鉄道会社の路線と相互直通運転をしているため、同じ路線でも多種多様な車種の電車を見ることができる。

中央線
オレンジバーミリオンの電車は関東では中央線と呼ばれる。中央線は東京から山梨県大月駅までが首都圏の通勤路線となる。オレンジの中央線は一日中快速運転をしていて、一部の駅を通過する。停まらない駅には、各駅停車用のカナリアイエローの電車が停車する。

西武線

西武線には、池袋から飯能や所沢、秩父へ向かう池袋線と、西武新宿から東村山や本川越へ向かう新宿線などがある。西武線と言えば、黄色い車両でお馴染みだが、最近は西武鉄道のコーポレートカラーの青の電車が増えてきている。多摩地方北部に強い路線網を持つ。

京成線

京成線は、京成上野を起点に、成田空港など千葉県に広いネットワークを持つ。都営浅草線、京急電鉄と相互直通運転をしているため、多種多様な車両が通過する。JRの在来線や多くの私鉄とは違い、新幹線と同じ標準軌を採用した。そのため安定して高速走行できる。

京浜東北線

京浜東北線は大宮駅と横浜駅の間を東海道本線や東北本線の各駅停車用の線路を使って走る運転系統で、正式な路線ではない。京浜東北線は昔からスカイブルーのカラーを纏う。東京駅を跨いで走るので上り下りとは言わず、大宮方面を北行、横浜方面を南行と呼ぶ。

小田急線

小田急線には、新宿から登戸、町田、海老名、本厚木を通って小田原へ向かう小田原線と、相模大野から分かれて大和、藤沢を通って江ノ島へ向かう江ノ島線、新百合ヶ丘から分かれる多摩線がある。小田急線の電車は窓の下に青のラインが入っているのが特徴。ちなみにサンリオピューロランドの最寄り駅は多摩線の小田急多摩センター駅である。

山手線

東京のど真ん中を1時間程度で1周するのが山手線だが、正式には品川から渋谷、新宿、池袋を通って田端までが山手線である。それ以外は東北本線、東海道本線の各駅停車用の線路を使う。山手線は大都市東京の真ん中にあるので、日中でもかなり混雑している。

ダブルデッカーライナー

正式名称215系。東海道本線の混雑緩和策として登場。両端の車両以外はオール2階建て車両である。最初は快速電車にも使ったが、乗客は乗れるがドアが少なく乗り降りに時間がかかるので期待とは裏腹にラッシュ時にあまり向かず、主に座席指定の通勤ライナーに回された。

近郊電車のダブルデッカー

東京圏の近郊形車両にダブルデッカーが登場したのは1989年。当初は211系のみの連結だったが、統一性を持たせるためか113系にも連結された。現在東海道本線や横須賀線で運転されている近郊形車両にもダブルデッカーが連結されている他、常磐線や中央線にもある。

東海道本線

東京から神戸まで結ぶ東海道本線のうち、東京から熱海までがJR東日本の区間。東海道本線の211系は国鉄末期の1986年に登場、JR化後の1989年、4号車に日本の近郊電車初のダブルデッカーを連結した。編成によっては5号車もダブルデッカーになる編成もあった。