蛍のみならず焼夷弾も混じってたなんて…こんなのダメでしょ…。
清太の「あれ特攻やで」という言葉に対する節子の「ふーん ホタルみたいやね」という何気ない返事に、私は何かひっかかるものを覚えたのです。
それは節子が「特攻」をどういうものか分かっていなかっただけなのかもしれませんし、単なる無邪気さゆえの発言にすぎなかったのかもしれません。しかし、特攻隊は死とは切り離すことはできず、それゆえに悲しみを背負った象徴的な存在といえるでしょう。そんな「特攻」をこの映画のタイトルである「ほたる」となぞらえる点に、きっと核心に迫る重要なテーマが含まれているのかもしれないという思いから、30年以上前の本作をいろいろな角度で調べてみたい衝動に駆られたのでした。
以前も別のところに書いたのですが、本作はおそらく「死を前提とした儚さにみられる美しさ」を描いているのだと思われます。「死」はもちろん忌み嫌うものなのだけれども、その裏側にある「生」を渇望するとき、人間は悩み、苦しみ、戸惑い、だから本気で悲しみ、本気で喜ぶ。そんな命を燃やす瞬間を表現したかったのではないでしょうか。
清太も節子も、生きるのに一生懸命だった。お父さんの乗った戦艦摩耶もそうだし、特攻隊もそうだったに違いない。これらは全て作中では光り輝き、そして死んでゆく。その輝き=死の美しさこそが、このポスターにも込められていたのだと思うのです。

