7月29日の日記 おやじの容態はますます悪化している
今日も、おやじはほとんど寝ていた。
ときどき起きて「しんどい。苦しい。」と声にならない声で言っていた。
咳き込み出すとパニック状態になり、暴れだしそうになりそのたびに薬を入れるといった状態だった。
今日は、もう栃木に帰らなければならないので、眠っているおやじをそっとゆすって起こした。
起きたおやじは、わたしが誰かわかったようだった。
「今から、帰るわ。」
おやじは、ほとんど聞き取れない声で何か言っていた。
「ごめん。何言うてるんか聞き取れへんわ。」とわたしは言うと、
再び、おやじはしゃべりだし今度は奇跡的に行っていることが「わたしの耳に聞こえた。
「また、会えるといいなあ。」とおやじは言っていた。
「うん。また、帰って来るからな。」とわたしは言った。
おやじは、また何か言おうとしていたがよく聞き取れなかった。
「やっぱり、何言うてるかわからへんわ。」
また、おやじは必死で何かを言っていた。
また、わたしの耳にははっきり言葉が聞き取れた。
「お金取られんなよ。」
「こんな、状態でいう言葉やないで。」と言ってわたしは思わず笑ってしまった。
こんな状況でも、笑わして気持ちを和ませたいと思って言ったんだろう。おやじらしいなあと思った。
帰りの新幹線に乗って静岡あたりを通過したときおかんからメールが来た。
病院から連絡が来て、咳が止まらなくて容態良くありませんと言われたのでこれからは病院にずうっと付き添います。
最後の時が近づいている。
7月28日の日記 おやじはわたしが誰かもわからなくなってしまった
今日も病室に入ったとき、おやじは寝ていた。
看護師さんの話によれば、昨日の晩も咳が出て薬を入れたけれどなかなか効かなくてほとんど寝れなかったらしい。
ときどき、うっすら目を開けては「しんどい。しんどい。」とつぶやいているが意識は朦朧とした状態だった。
しばらくするとおやじは目をパッチリ開け、側のソファーベッドで座っていたわたしに向かってほとんど聞き取れない声で言った。
「誰や?」
「おれのことわからへんのかいな。あんたの息子やがな。」とわたしは、答えたが昨日までまだ、少しはしゃべれてたのにとうとう自分のことがわからないくらいにまでなってきたのかと思うとさみしい気持ちになった。
その後、おやじはナースコールで看護師を呼び痛み止めの座薬を入れてもらったりしていたが、終始意味不明の聞き取れないような言葉を発していた。
ちょっと、静かになって寝ているのかと思えば突然上半身を起こして鬼のような形相で「しんどい。しんどい。」と言い点滴の管を引っ張ったりしていた。
おやじは、何度も新聞をくれと言ったり、メガネを何度もかけたりはずしたりして意識混濁状態だった。
しばらくして、少し落ち着いた後ほとんど聞き取れない声で
「今日晩ご飯食って栃木に帰るんか?」と聞いて来た。
「今日は、土曜や明日もう1日おるで。」とわたしは答えた。
おやじは、細くなり点滴のために紫色になった手を合わせて天井をみたまま
「ありがとう。ありがとう。」とつぶやいた。
「もう、生きて会えへんかもしれへん。」と言い再び眠りについた。
7月27日の日記 おやじは苦しいと言いながらもがき始めた
約2週間ぶりに病院に行った。
病室に入ると、おやじは寝ていた。
おやじは、さらに痩せていて手足が細くなっていた。
3日くらい前から、吐くつばや痰に血が混じり始めたそうで調子がすごく悪そうだった。
おやじはずっと寝たままだったので、しばらくおかんとわたしはベッドの隣のソファーに座ってテレビを見ていた。30分くらいしてナースステーションにおやじと会いたい言って来ている人がいると看護師さんが伝えに来た。
おかんが、会いに行くと京大病院でおやじの前のベッドで入院していたMさんが奥さんと来ていた。
おかんは、おやじを起こしMさんが来ている事を伝えると、会ってみたいという意思を示したのでMさんに病室に入ってもらった。
Mさんは、ガンで胃と食道の一部を摘出していて、抗がん剤治療と放射線治療を受けていたのだが、転移が見つかり詳しくCTで検査するためにこちらのほうに来たとのことであった。
Mさんは言った。
「京大病院では、すごく励ましてもらったり笑わしてもらったりしてお世話になっていたのに、転院する日あっという間に行ってしまって挨拶できなかったんすごく気になってたんでどうしても会って挨拶したくて来たんです。」
おやじは。声を振り絞るようにして言った。
「ここは、病気を治すところやないですけど、静かで落ち着いた環境です。1人1人の話聞いてくれたりすごくいい所ですわ。見た感じだと顔色いいし、治ることを祈ってます。」
来客があった後おやじはしばらく寝たり起きたりを繰り返していた。
わたしは去年おやじが栃木に遊びに来た時、一緒に近所を歩いた際、珍しがって面白がっていたかんぴょう畑の写真を駅に行く途中にデジカメで撮ってきていたのでそれを見せた。
おやじは、その写真を見てほんとうにうれしそうににこりと笑った。
「そうや。そうや。もうこの季節なんやなあ。
かんぴょう畑の横にごぼう畑もあったなあ。」
久しぶりにおやじの笑い顔が見れたのでほんとにうれしかった。
それから、すぐにおやじはまた眠りについた。
1時間くらいたった後、突然おやじは咳込みはじめた。
痰を出そうとしても切れないらしく上半身を必死になって起こし、かすれた声で背中をさすってくれと言った。
わたしは、おやじに言われるがまま背中を円状にさすった。
少し、さすったためか咳がおさまり落ち着いた。
が、しかし、15分ほどするとまた、咳が出始めた。
そして、上半身を起こしたり寝たりを繰り返しもがきだした。
ベッドガードを引っこ抜き、「苦しい。しんどい。息ができひん。」と言いもがきだした。
すぐに、ナースコールを押し、看護師さんに来てもらった。
看護師さんは、落ち着いて気管が通りやすくなり、咳を止める薬が霧状になって入る機械を持ってきておやじの口にあてた。
あててもしんどいと言って口から外してしまい、外すたびに口に戻すと作業を繰り返している内におやじはまた眠りだした。
だんだん、予断を許さない状況になってきている・・・。
人間は、どれほど苦しまないと死んでいけないんだろうか?
死というものが怖くて怖くてたまらなくなってきた。