男前じゃないとフラメンコはできないのかも!と思うほど、初めて観たホアキン・コルテスに倒れそ~なほどにカンゲキしたのが15年前←だったみたい・・・ 以来、何度か都内のフラメンコ酒場にも足を運んだりしたものの、ホントーに久しぶりの本場スペインの舞踊団観劇で、なぜか緊張気味。
・・・・・・・・・・ね、男前でしょ?!三大テノールでもドミンゴが一番スキなワタシは、ビジュアルはイメージの増幅に非常に、つーか、美しいにカッコイイに越したことはない!それは一つの才能という名前の、神の賞賛と使命なのだナ、きっとネ。
そんなガデス様の残した『アントニオ・ガデス・舞踊団』 は、国家の香り紛々。
リハーサル情景から本編へ入るという演出で、これでもかと「本場」たる凄みで魅せる舞踊団の、惜しげもないダンサー祭!蜷川さんの舞台の、開演前のハムレットのよう。観客自身の日常から作り手の日常へ、引っ張る・引き付ける、そういう趣向なのかな。
そういう意味では、スペインの日常の中に存在するジプシーとフラメンコ、とでも伝えるかのように舞台は展開して行くので、舞台装置や装飾はナシ、椅子と、ダンサーたちの演じる観客(カルメンとホセとカルメンの夫、後に登場の闘牛士、その他の男と女たちを見守る)とだけで、展開して行く。最初、んんん?かの“カルメン”はいつ登場?と思っているうちに、ものの見事にあれよあれよの物語へ。
本場のモノを観ている、とすごく感じることになったのは、まさにその簡略な演出のせいでもありました。日常の中に“フラメンコ”というジプシー文化が存在している感覚の演出が、とってもパーソナルなスペイン文化を感じたかな~。通常の日本人の感覚では見られないもの、そこにお金を払ってウキウキと観に行くのが、来日モノのレビューの喜びだと思います。
あ~っシアワセだ圧巻だ!!と思ったのはやっぱり、カルメンとホセの、出会う度に変わって行く感情の流れとやり取り!鏡の前のカルメンの風情、見守るホセの視線、ダンサーは演者で俳優で女優で、息もつかせず、赤と黒の世界にドップリ。赤と黒と白で、世界の大まかな情は表現されるとまた、思ってしまう。
ラストのアンコールで見せてくれたアドリアン・ガリアのステップも、腰から足さばき、手指の先まで入った力のラインが美しかったー!背面だけなのに!
民族性の感情から、体と心で伝える舞踊は生まれるのだろうね、情のタメっぷりは、我が国の歌舞伎と能にモノスゴク通じるところがあるのではないかな、そこがまた、不思議で感激。一見相反して、でももしかしたら、すごくお互いの国にしか分からないぐらい、通じてるかも知れない、情と芸術の表現方法。
感じ入り、うっとり感激して、会場をアトにしました。
あーホント、カッコヨカッタなぁ・・・。衣装も総て、特に闘牛士の総ての色鮮やかさのコントラストに、総毛だち!←キラキラしたものがスキヨ

