あんなに騒いでた夏もなんだかぷつんと終わり、
海が秋の色に変わってしまう。
秋なんてちっとも過ごしやすくない。
もうぼくの憂鬱は寒い。
秋なんて、冬季鬱の儚い前座だ。
季節の情報操作を感じざるを得ないぼくは、
秋をせわしなく過ごしてごまかそうと、
旅に出るためのお金を貯めていた。
だが、そのお金は、
複雑に折れた前歯のせいで吹っ飛んだ。
医者は言った。普通に言った。
「保険が効く範囲で治しても又すぐ折れるでしょう」
今回折れたのはアズキバーをガシッと噛んだからだったけど、
そもそもは交通事故で折れた歯だからもう限界だったんだ。
保険適用外の値段を聞くと、医者はまた普通に言った。
行ったことないけど、
ウクライナを飛行機で往復できそうな額だった。
ぼくは旅を諦めてローンで、前歯を治すことにした。
前歯のない旅なんて、旅じゃないとは言わないけれど、
ぼくにそのメンタルはない。
マスクは役にたつが、
さ・し・す・せ・そ・は難しい。

