人生で3回くらい恋愛にすごく執着したことがある。
3回それぞれ相手がいたわけで出だしは恋愛っぽかたけど思えば私のしがみつき方が
しつこすぎて別れてしまった。我ながら困ったものだ。
インターネットのおかげで別れてずいぶん時間が経ってからそれぞれの相手がどうしてるか
顔写真を見ることができた。
別れて何十年も経ってから消息をネットで探すというのも、不気味な執着を感じる、
私としては当時の自分を検証するつもりで過去をおさらいする作業のひとつだ。
旅で行った場所や住んだ建物 知っていた人々、過去は懐かしいというより珍しい。
なぜ珍しいかというと 私そのものがすごく変わってしまって、自分の過去なのだが本当に他人事のように見られるから。
さて、過去に執着した相手たちの写真を見て思ったのは、彼らと一緒に歳をとって隣にいる
自分が全く想像できないし、そうだったらいいな、とも全く思わない驚き。
あの時別れておいてよかったのだ、彼らと一緒に生きるなんて、どう見ても私には無理でした、と完全に思った。
そのくらい自分というのは誰かとセットになることができない。
誰かとセット、ニコイチ、みたいになりたいという気持ちが若い頃猛烈に強かった。
なれない自分が恥ずかしくて、常に誰かを探していた。
しかしある時からそういう気持ちがスッキリなくなってしまい 私は自由になったのです。
今は自分に非常に満足してしまっている。
そしてつくづく思うのは 寂しさがいろんな物事を狂わせる、ということ。