なにがたいせつ。

パパが亡くなったとき、
本当に大切なものを痛いほどに感じさせられた。
想像を絶する絶望で
あらゆる感情が削ぎ落とされたから。
心にカサブタができないままだったから。
周りの人が無意識に吐き出す言葉に自然に傷つけられ
自分の感情を理解して温めてくれる優しさに触れ
一塊になってただただ一緒に耐える家族がいることの大切さをダイレクトに感じた。
理解してほしいのではない。理解できっこないから。
もしかしたらと想像してくれたとしたら、
それだけで有難い。
相手のいる状況を想像しようとすることは
優しさである。
こういうとき、
大切な人がわかると同時に
本当の意味で自分を理解していない人もわかる。
とてもシンプルに。
限られた時間を使うべき人は
はっきりわかっている。
それは今も同じだし変わらない。
