やりたいことには全力をつくし、やりたくないことには徹底的に避けてきた日々を過ごしたのかもしれない。
ある人は言う。
「何故やるべきことが続かないのか?」
ある人は言う。
「なぜ、やりたくないことに
そこまで拷問を受けているのか?」
人によって受け止め方は違えど、
やはり少し混乱するところも否めない。
WISHだけでなくHOPEも自由か?
果たしてその自由はあるのか?
自由である必要は絶対的には
ないかもしれないが
ある程度は必要だと思いたい。
補填をする人は言う。
自由でいれば良い。
まだ若いのだからと。
私は思う。
私は捨て駒だから自由などないと。
国と企業に、そういう風に教育された
特務(特効任務)の士官だから。
私の願いと希望を一ついえるのなら。
日本の自由を守らせてほしい。
何を犠牲にしても。
この人生に緑があっても、
青色や薔薇色がなくてもだ。
自分を犠牲にすることは
慣れてしまった。
民族浄化するぐらいの勢いに慣れた。
「あとひとつ」は、
わたしにとって人間らしい部分を
取り戻すためのキーだった。
周りの人に助けられていたという
唯一無二なものを思い出させてくれた。
しかし、特務の人間とは
そのようなことである。
「明日はあるか」と。
「明日などあるはずないだろ」と。
その繰り返し。
夢と希望だけは叶えさせてほしいと
進言してみよう。
自由でいたかったと
進言してみるか。
無駄なのは、解っているが…