こんばんは、デルタです。
ぼくのどうしようもない戯言にいいね!され、
嬉し恥ずかし、じゃじゃじゃじゃーんです!
ありがとうございます。
アメーバの仕組みを全く知らず初めてしまい、
未だになにもわかってません。。。
仕組みについてはのんびり勉強していきます。
不快に思う方もいらっしゃるかと思いますが、ご容赦ください。。。
さて、今日のお題なのですが
「金持ち父さん貧乏父さんーアメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学ー」
ロバート・キヨサキ + シャロン・レクター著 白根美保子訳
を読んで感じるところがあったのでそちらについて書かせてもらいます。
内容を引用しながら書くほうが分かりやすく有益だとは思うのですが
できるだけ自分の言葉を綴りたいので勢いで書かせてください。
今頃読んだのかと思われるかもしれませんが、
学生時代は参考文献と建築の本と小説しか読んでおらず、、、
それに不動産投資の本の中にたびたび登場するので
気になってたんですよね!
それで思ったことを3つほど
1.お金を稼ぐ秘密
2.誰が責任を取るのか
3.リスクを受け入れる
と思ったんですけど、今回は1つだけ。。。
2.誰が責任を取るのか
これは大学受験の際、考えていたことです。
先生は宿題を出さないぼくをこっぴどく叱ります。
でも宿題を出さなかったのには意味がありました。
まじめに宿題を出していたのですが、たいして成績が上がらない。
まわりには宿題の上に、授業の予習・復習をきっちりやってるのに
そんなに成績がよくない友だちが。
ぼくはいろいろあり、高校1、2年まったく勉強ができませんでした。
(一部はしなかったと言ったほうが、、、笑)
そもそも2年分の知識がない自分が皆と一緒のことをやっていてもダメだ!
先生が教えれるのは“標準的な学生”に向けての授業・課題だ!
と思ったわけです。
まず勉強の仕方から勉強し、内職を重ね、ずる休みをして、、、
成績が上がったわけです!
目標には届きませんでしたが、、、
勉強の仕方の勉強がおもしろすぎました笑
受験勉強の中で考えていたのは
先生はぼくたちが大学に落ちたとしても何も手を差し伸べてくれません。
良い大学に受かった場合は先生の評価が上がります。
浪人してお金を払うのは親です。
沈んでいるぼくたちに手を差し伸べてくれるのも親です。
(兄弟とか友だちかも、、、)
受験が終わるまでぼくらのことをとても親身な顔をして見守ってくれる先生ですが
受験が終われば、じゃーね!元気で!バイバイ!
よし!来年の生徒もがんばるぞ!
って。
なにひとつ責任はとってくれません。
宿題という、予習という、復習という、
ぜんぜん意味なさそうなノート作成という義務をかせながら
先生方の責任は何人中何人受かったという学校への報告なんです。
だからぼくは自分が納得するやり方で
自分で責任を取るつもりで勉強していました。
昨今、年金問題が話題となっていますが
お国も先生と一緒なのでは?
終身雇用が崩れましたが
会社も先生と一緒なのでは?
どうかはわかりませんが、
ぼくは自分で責任を取るようなやり方のほうが肌にあっているのかもしれません。
そんなことを思い出す内容でした。
責任がぼくのケツを叩き、ぐんぐん進んでいきたいです!
残りの2つはまた別の機会に。
読んで頂きありがとうございました。