キモトの小説帰り道木本 陽介 十一月に入り寒さはより一層厳しくなった。すっかりと日が落ちて三日月が雲の切れ目から顔をのぞかせている頃、彼女は自転車小屋の明かりの下で静かに待っていた。午後七時を少し過ぎた時、先ほどからせわしなく開け閉めしていたケータイから軽快な着信音が鳴り響いた。慌ててケータイを開くと彼女は微笑み、顔を上げた。するとその先から彼が息を切らせてかけてきた。彼女のそばに近づくとひざに手を当てて息を整え、「ごめん、待った?」とはにかみながら問いかけた。「うん、待った。」と彼女が少し意地悪に返すと、数秒間が空いて二人同時に噴き出した。「じゃあ帰ろうか。」「うん。」二人はそろって歩き出し、周りからの視線を痛いほど浴びながら校門を出た。 異変を感じたのはその後すぐのことだった。普段ならばこの道中、彼らの会話が途絶えることはなかった。今日の学校での出来事、昨日のくだらない深夜番組、最近聴いた好きなアーティストの曲。これらの話題に花を咲かせ、すっかり真っ暗になった夜道を、街灯の下を歩いていく。足りないものは満天の星空ぐらいだ。しかし、今日の二人の間には長い沈黙が流れている。何とも言えない間ができ、それが自然と二人の距離にも反映し、時折冷たい風が二人の間を通り抜ける。その間を必死にふさごうと彼女は何度も話題を持ち出すが、彼の返事は「あぁ。」か「そうだね。」の二つを使い分けるだけだ。彼女の中の疑問は焦りに変わり、それがだんだん不安になってゆく。元々恋愛に積極的になるのは苦手な方だったし、彼の方からもアプローチが無かったので、二人の関係は常に一定だった。しかし、それでも離れることは、今まで一度も無かった。まさかもう恋は冷めてしまったのか。彼女の不安は絶望になりつつあった。知り合った日から半年過ぎても手を握らないのは、松田聖子の「赤いスイートピー」か失恋と決まっている。困惑の最中に隣を見ると、さっきまであった彼の姿はなかった。もう絶望になるのに時間はいらなかった。ふと上を見ると、冬の星座がいくつも輝いていた。「こんな日に限って星が...。」まったく嫌になる、という部分はもはや声にならなかった。もう終わったのだ。彼女がため息を一つつこうとしたその時、「なぁ。」と彼の声が後ろからした。別れ話だろうか。そう思って彼女は振り返った。 そのコンマ何秒後だろうか。確実に一秒はかかっていない。その瞬間に、彼は彼女を強く抱きしめた。それはとても力強く、しかしどこか大事なものを守るような優しさを感じた。部活後の汗のにおいと、それを申し訳なさそうに隠そうとする制汗剤のにおいがポンと香ってきた。彼は何も言わなかった。いや、正確には言えなかったのだろう。ただ抱きしめる力が少しずつ強くなる。しかし、彼女にはそれで十分だった。驚きのあまり頑張らせていた体の力を除々に抜き、その温もりをしっかりと感じていた。その日は今年最低気温を更新した日だが、二人の間には確実に春の暖かさがあふれていた。ふと彼女のほほに冷たい一筋の水が流れる感覚がした。それがこぼれないように顔を上げると、涙でにじんだせいか、星がより一層輝き、今にもこぼれ落ちようとしていた。「こんな日に限って星が...。」彼女はそれ以上は言わなかった。彼のほうも何も言わなかった。今の二人に言葉など無意味なのだ。時間が止まった二人の上空では、流れ星が一つ通り過ぎていった。 まあ、キモト一回も付き合ったこと無いけどね