先週末、次男の運動会があったので元夫がわが家に来ていた。

 

相変わらずの元夫、今回ウチに来ていた時も、ずっと横になって、

寝ているかスマホをいじくっているがデフォルトモード(笑)

 

久しぶりの子ども達に会って、会話をしようとか、遊ぼうという発想が元からない。

 

仕事をして疲れていなくてもこれなので、習慣として家にいる時はずっと横に寝そべっているという前世がローマ貴族だったのでしょう。

 

もう他人なのでどうでもよいのですけど、私は人間(器)が小さいので、仕事もしないで家でずっと寝ている同居人を支える器量はありません。ということで、両親の元に帰ってもらって正解だったなと思いました。

 

まあ、元夫も、発達特性があって、常時ウツ傾向なので、家で寝たきりモードなのはしょうがないと思うのだけれど、

(私の母も40代頃から家ではずっと寝たきりモードだった)

 

それだったら、そんな自分のことを一般の父親と違うということを自覚して、私のことをねぎらったり、

メンタルクリニックに行ってウツと発達特性を診断してもらえばよかったのに、そういう発想もなし。

 

誰か(奴隷)に支えてもらって当たり前のやっぱり前世はローマ貴族だったのでしょう。

 

 

と、やんわり伝えてみましたけどね…

彼は親の立場には一生なれないのだろうなと思います。

 

まあ、他人の心境なんかおかまいなしの元夫なので、離婚後も私に気兼ねなくやって来て楽しくおしゃべりできるのでしょうけど…

 

私も私で、元夫とは趣味が合って、ぽっと思いついた話の内容に共感できるので、ついつい話が弾んでしまうのですよね。

 

次男の運動会でも、どーでもよい話を早口でまくし立てているアホな(元)夫婦は私達くらいでした…

 

例えば…

 

最近、街で歩いていて食べ歩きしている人見ないよね…新幹線の駅構内で弁当食べてるのオレくらいだったわ

(↑食べたいものを我慢できずにすぐ食べたいADHDあるある)

 

あー、分かる〜!ホント最近、歩き食べしている人いないね!朝、駅で何かもぐもぐしているの私くらいだったよ!

(↑朝ご飯食べる時間がないので通勤時、電車乗る前まで何か食べてた)

 

という具合に、ついついADHDあるあるの共感小話が展開されてしまうのです。

 

 

あと、次男の今回の運動のテーマも『絆を大切に〜』みたいなキャッチコピーだったので、

 

私「ずーーっと、絆を大事にって公立学校は、本当にバカの一つ覚えだよね!

運動会の演目ってみんなに合わせるの重視の集団内における協調性ばっかりで、『絆』とは違うんじゃないの?

『絆』って、もっと大きな集団とは反対の個と個の結びつきのイメージだけど…」

 

夫「本当にそうだよね!集団が絆、絆って言ってると、為政者が都合いいように集団に一体化しろって強制してるみたいだよ」

 

とこんな具合に、話が合ってしまうのです。

こんな話、元夫にしか言えないし…

 

 

そんなこんなで、次男の徒競走を観終わったあと、やることがなくフラフラするも(←一ヶ所にずっと留まっていられない)、

校庭にいることに飽きてしまい、元夫が蕎麦が食べたいというので、次男の次の演目まで近くの蕎麦屋に行こうかという話になる。

 

蕎麦屋に行こうとしている途中、ママ友に会って、

「あれっ?どこ行くの?ソバ食べてる暇ないよ!ダンス始まっちゃうよ!次男君、ママ(私)のこと呼んでるし!」

と叱られ次男の元に…

 

本当に、ソバ食べている暇なんてなかった。

普通の親は、運動会では、ずっと子どもの側にいて、演目やっていない時以外も子どものこと観ているものなのでしょうね…

 

普通の親は、日常生活でも子どものことよくみて、些細なことに気が付いたり、過去との比較で成長を感じることができるのでしょう。

 

元夫にはもちろんそんな芸当はできないので、私の目に子ども達の成長はかかっているのだけど、

私のいろんなことに注意がいってしまう眼差しは、明らかに子ども達に注がれ足りないなと申し訳なく思うのです。