地震が起きたとき。
経験したことのない揺れへの恐怖感と今、そしてこれからなにが起きるのだろうという不安感でいっぱいになりました。
それが原因なのか、なんなのか、過呼吸になりました。
地震じゃ なくて、息ができなくて死ぬんじゃないかと思いました(;´д`)止まっても、しびれとめまいがひどく。
そのときジムにいたのですが、スタッフさんに感謝です。そして申し訳ないかんじです。
わたし実はこの日、先週日曜日に急遽出社した振休だったんです。
で、平日で休みだ~ってことで、どこか出掛けようと思い、最終的に千倉~館山までレンタサイクルで海沿いをサイクリングしようと思っていました。
けれど当日の朝、不思議なことに、今日はやめよう、と思ったんです。
もしかしたら、外房~内房のあたりにいたかもしれなくて、家族に行かなくてよかったと言われました。
帰宅難民にもならず、
なんだか不思議なことが
続きました。
でも今後また起こらないとは限らないので、避難場所や準備をしとこうとおもいます。
経験したことのない揺れへの恐怖感と今、そしてこれからなにが起きるのだろうという不安感でいっぱいになりました。
それが原因なのか、なんなのか、過呼吸になりました。
地震じゃ なくて、息ができなくて死ぬんじゃないかと思いました(;´д`)止まっても、しびれとめまいがひどく。
そのときジムにいたのですが、スタッフさんに感謝です。そして申し訳ないかんじです。
わたし実はこの日、先週日曜日に急遽出社した振休だったんです。
で、平日で休みだ~ってことで、どこか出掛けようと思い、最終的に千倉~館山までレンタサイクルで海沿いをサイクリングしようと思っていました。
けれど当日の朝、不思議なことに、今日はやめよう、と思ったんです。
もしかしたら、外房~内房のあたりにいたかもしれなくて、家族に行かなくてよかったと言われました。
帰宅難民にもならず、
なんだか不思議なことが
続きました。
でも今後また起こらないとは限らないので、避難場所や準備をしとこうとおもいます。
被害の大きい、福島。宮城。岩手。
岩手に住んでるポルノグラフィティで繋がった友達がいます。電気もガスもずっとつかなくて。昨日の夕方にやっと、何が起きているか知ったそうです。無事だとわかってよかった。
原発で避難区域に入っている浪江町に住んでいる、会社の元先輩がいらっしゃいます。昨年結婚されたばかり。だんなさんは原発で働いているいらっしゃると言っていた気がします。
一緒に働いたのは1ヶ月で、連絡先などはわからないのですが、原発の件だけでなく、津波の被害もあったようなので心配です。
そして塩釜や松島、仙台、、多賀城市、仙石線、三春、相馬市、田村市と自分が実際に訪れたことがある土地で、大きな被害、たくさんの被災者が出ているので、より胸がつまります。
それでも。
テレビでうつる被災者のなかに、住民自ら炊き出しを始めている方々がいました。
「泣いてばかりいられないから」と気丈に答えていました。
再会した家族に
「生きてるだけでいい!」と声をかける姿もありました。
家も財産もなくし、家族も不明。
なんだかんだで生活できているわたしたちには計り知れない絶望感だと思います。
泣き叫ぶ子どもの声には胸が締め付けられます。
それでも今ある状況を受け入れ、前に進もうという被災者たちの気持ち。
ああ、
「嘘でも前に」なんだと思った。
晴一さんのことば。
ネガティブなニュースばかりのときは前向きなことばもでてこない。わからないことが多すぎて、自分の気持ちも計りかねる。「明日はきっといい日さ」なんて思えないときもある。それでも「嘘でも前に」。前に行けるうちは行く。いけなくなったらそのとき考えよう。
そんなことば。
きれいごとかもしれないし、きれいごとなんていってる場合でもないとも思われるかもしれない。
けれど、希望を捨てたくないし、東北、茨城の方々希望を持ち続けて欲しい。
すでに亡くなられてしまった方々のご冥福をお祈りします。
そして被災地域の復旧、被災者への一刻も早い支援・ケア、不明者の一刻も早い救出を願ってやみません。
岩手に住んでるポルノグラフィティで繋がった友達がいます。電気もガスもずっとつかなくて。昨日の夕方にやっと、何が起きているか知ったそうです。無事だとわかってよかった。
原発で避難区域に入っている浪江町に住んでいる、会社の元先輩がいらっしゃいます。昨年結婚されたばかり。だんなさんは原発で働いているいらっしゃると言っていた気がします。
一緒に働いたのは1ヶ月で、連絡先などはわからないのですが、原発の件だけでなく、津波の被害もあったようなので心配です。
そして塩釜や松島、仙台、、多賀城市、仙石線、三春、相馬市、田村市と自分が実際に訪れたことがある土地で、大きな被害、たくさんの被災者が出ているので、より胸がつまります。
それでも。
テレビでうつる被災者のなかに、住民自ら炊き出しを始めている方々がいました。
「泣いてばかりいられないから」と気丈に答えていました。
再会した家族に
「生きてるだけでいい!」と声をかける姿もありました。
家も財産もなくし、家族も不明。
なんだかんだで生活できているわたしたちには計り知れない絶望感だと思います。
泣き叫ぶ子どもの声には胸が締め付けられます。
それでも今ある状況を受け入れ、前に進もうという被災者たちの気持ち。
ああ、
「嘘でも前に」なんだと思った。
晴一さんのことば。
ネガティブなニュースばかりのときは前向きなことばもでてこない。わからないことが多すぎて、自分の気持ちも計りかねる。「明日はきっといい日さ」なんて思えないときもある。それでも「嘘でも前に」。前に行けるうちは行く。いけなくなったらそのとき考えよう。
そんなことば。
きれいごとかもしれないし、きれいごとなんていってる場合でもないとも思われるかもしれない。
けれど、希望を捨てたくないし、東北、茨城の方々希望を持ち続けて欲しい。
すでに亡くなられてしまった方々のご冥福をお祈りします。
そして被災地域の復旧、被災者への一刻も早い支援・ケア、不明者の一刻も早い救出を願ってやみません。