1枚10円になります。
最近、ボクはもっぱら、自分の持ち物を売り払っていっている。
東京に行く前に自分の荷物を一度整理しようということで、洋服やゲームやCD,本なんかを処分していっている。
処分と言っても、その多くは、捨てていない。友達に貰ってもらったり、リサイクルショップに売りに行ったり・・・。
そんなわけで、ボクは今日もブックオフに本とCD・ゲームを売りにいった。
CDなんかは結構、古いものやわけのわからないものもあったりして、買い取ってもらえるか不安だったんだけど、それでも最低でも10円で買い取ってもらうことが出来た。ブックオフさんありがとうございます。
ボクは、どちらかというとモノをあまり捨てたりしたくない方の人間。
それは決して、モノを大切にするという意味でも無くて、なんとなく・・・捨てるなら置いておこうかな・・・みたいな感じでなかなか捨てられない。
まぁケチってことなのかな?
だから、ボクの実家の部屋は物で溢れ返っていた。洋服はもちろん、人形やカードなんかのおもちゃもたくさんあるし、ポスターや絵なんかもある。
そして、今年、ボクの部屋はその容量をオーバーしてしまった。
理由はボクが4年間、一人暮らしをしていたからだった。一人暮らしをして、そこで使わないものを実家に送り続けていたら、いざ一人暮らしをやめて実家に帰って来たとき、ボクの部屋は物置と化していた。
これはさすがにまずい、とボクはボク自身の所有物全てをふるいに掛けることにした。
もちろん、ほとんどのものに思い入れがあって、手放すのは惜しいものばかりだ。
そこで、せめてものわがままとして、これを捨てるのではなく誰かに使ってもらいたいと想った。
捨ててしまうことは、なんとなく、その物を裏切ってしまうような気がして、ボクは嫌だった。
できるだけ物を友達に貰ってもらったり、リサイクルショップに買い取ってもらったり、なんとか捨てなくてよい方法を選ぶことにした。
100円でも10円でも1円でも、捨てなくていいのであれば、ボクにとってはありがたかった。
他人にこのことを話すと、「10円なんかなら、もう捨てちゃうね」っていうだろう。
でも、いざ、実際に売りに行ってみると、10円でも自分自身の所有物に値段を付けてもらえることは、案外悪い気分じゃないぜ?
なんとなく、そのものに対する自分の思い出に値段を付けてくれたような気がするから。
もちろん、ボクにとっては10円以上の思い出が詰まっている。
だから、売ってしまうのは辛い。
でも、他人が自分の思い出を10円分でも理解してくれるってことは、それは10円以上の価値があることだとボクは思った。
リサイクルショップって結構、素敵だと思う。
東京に行く前に自分の荷物を一度整理しようということで、洋服やゲームやCD,本なんかを処分していっている。
処分と言っても、その多くは、捨てていない。友達に貰ってもらったり、リサイクルショップに売りに行ったり・・・。
そんなわけで、ボクは今日もブックオフに本とCD・ゲームを売りにいった。
CDなんかは結構、古いものやわけのわからないものもあったりして、買い取ってもらえるか不安だったんだけど、それでも最低でも10円で買い取ってもらうことが出来た。ブックオフさんありがとうございます。
ボクは、どちらかというとモノをあまり捨てたりしたくない方の人間。
それは決して、モノを大切にするという意味でも無くて、なんとなく・・・捨てるなら置いておこうかな・・・みたいな感じでなかなか捨てられない。
まぁケチってことなのかな?
だから、ボクの実家の部屋は物で溢れ返っていた。洋服はもちろん、人形やカードなんかのおもちゃもたくさんあるし、ポスターや絵なんかもある。
そして、今年、ボクの部屋はその容量をオーバーしてしまった。
理由はボクが4年間、一人暮らしをしていたからだった。一人暮らしをして、そこで使わないものを実家に送り続けていたら、いざ一人暮らしをやめて実家に帰って来たとき、ボクの部屋は物置と化していた。
これはさすがにまずい、とボクはボク自身の所有物全てをふるいに掛けることにした。
もちろん、ほとんどのものに思い入れがあって、手放すのは惜しいものばかりだ。
そこで、せめてものわがままとして、これを捨てるのではなく誰かに使ってもらいたいと想った。
捨ててしまうことは、なんとなく、その物を裏切ってしまうような気がして、ボクは嫌だった。
できるだけ物を友達に貰ってもらったり、リサイクルショップに買い取ってもらったり、なんとか捨てなくてよい方法を選ぶことにした。
100円でも10円でも1円でも、捨てなくていいのであれば、ボクにとってはありがたかった。
他人にこのことを話すと、「10円なんかなら、もう捨てちゃうね」っていうだろう。
でも、いざ、実際に売りに行ってみると、10円でも自分自身の所有物に値段を付けてもらえることは、案外悪い気分じゃないぜ?
なんとなく、そのものに対する自分の思い出に値段を付けてくれたような気がするから。
もちろん、ボクにとっては10円以上の思い出が詰まっている。
だから、売ってしまうのは辛い。
でも、他人が自分の思い出を10円分でも理解してくれるってことは、それは10円以上の価値があることだとボクは思った。
リサイクルショップって結構、素敵だと思う。
言わいでえぇねん
ボクはたぶん、ネガティブな人間なのだと思う。なんでも、悪い方向に考えてしまったり、常に最悪の結果っていうのを意識している。だから、ネガティブな人間を否定することなんて出来るわけがないし、そんなつもりはさらさらない。
でも、そのネガティブさを外に見せてしまうことに対して、ボクは少し違和感を抱く。
ボクからしたらネガティブなことは、言わいでえぇことなのだ。
ボクは、自分がネガティブな人間であるということを、ヒトに知られたくない。別に恥ずかしいとかそういうわけじゃない。理由は、それが「伝わってしまうから」だ。
ネガティブさはヒトに伝わるとボクは思う。ボクが体現するネガティブ(=例えばタメ息)は、そのネガティブを目にしたりするヒトをネガティブにさせてしまう。少なくとも、「ごきげん」にはならないだろう。
だから、ボクはできるだけネガティブは自分の中に閉じ込める。そして、そのネガティブが濃ければ濃いほど、濃い~ポジティブを体現するようにしている。
ポジティブもネガティブと同じで、ヒトに伝わると思う。だから、ボクはポジティブを体現する。そして、それが誰かに伝わって、また誰かに伝わって・・・回りまわってボクにポジティブが返ってくることを期待している。
ポジティブを体現するとき、ボクがよく使う手は、「笑う」こと。すごいショックを受けてたり、ものすごく焦ってたりすればするほど、ボクはニンマリ笑う。
だから、ネガティブを体現している人を見たとき、ボクは笑わせてやろうって思う。そして、そのために、ボクは笑う。もちろん、それはその人のことを想ってやるってことでもあるんだけど、むしろ自分のため。ボクが笑いたいから、周りの人に笑って欲しいと想う。
「タメ息付くと寿命が縮まる」ってよく言うけど、もしかして、それって「タメ息付くと、それを聞いた人の寿命が縮まる」
って意味なんじゃないだろうか?
ボクにとって人のタメ息は、その人が吐く「副流煙」みたいなもんだ。
でも、そのネガティブさを外に見せてしまうことに対して、ボクは少し違和感を抱く。
ボクからしたらネガティブなことは、言わいでえぇことなのだ。
ボクは、自分がネガティブな人間であるということを、ヒトに知られたくない。別に恥ずかしいとかそういうわけじゃない。理由は、それが「伝わってしまうから」だ。
ネガティブさはヒトに伝わるとボクは思う。ボクが体現するネガティブ(=例えばタメ息)は、そのネガティブを目にしたりするヒトをネガティブにさせてしまう。少なくとも、「ごきげん」にはならないだろう。
だから、ボクはできるだけネガティブは自分の中に閉じ込める。そして、そのネガティブが濃ければ濃いほど、濃い~ポジティブを体現するようにしている。
ポジティブもネガティブと同じで、ヒトに伝わると思う。だから、ボクはポジティブを体現する。そして、それが誰かに伝わって、また誰かに伝わって・・・回りまわってボクにポジティブが返ってくることを期待している。
ポジティブを体現するとき、ボクがよく使う手は、「笑う」こと。すごいショックを受けてたり、ものすごく焦ってたりすればするほど、ボクはニンマリ笑う。
だから、ネガティブを体現している人を見たとき、ボクは笑わせてやろうって思う。そして、そのために、ボクは笑う。もちろん、それはその人のことを想ってやるってことでもあるんだけど、むしろ自分のため。ボクが笑いたいから、周りの人に笑って欲しいと想う。
「タメ息付くと寿命が縮まる」ってよく言うけど、もしかして、それって「タメ息付くと、それを聞いた人の寿命が縮まる」
って意味なんじゃないだろうか?
ボクにとって人のタメ息は、その人が吐く「副流煙」みたいなもんだ。
デジタル回帰
長らくお留守にしていたこのブログというか、日記というか・・・それを本日復活させようと思う。
なんで今までお留守にしていたのかを一言で言うと、アナログに回帰していたのでありました。
と、いうのも遡ればあれは9月。そう、ボクがこの日記を中断させた9月9日頃まで時は遡る。
あの頃、ボクは自分の家のある滋賀県を離れ、コンクリートジャングル東京に攻め込んでいた。
就職先の研修で訪れていたんだけれど、なんと、そこで、新たに別のブログ(もちろんアメブロ)を始めることになってしまったのだ。
既にこの日記を書く場があったボクだったけれど、テイストのあまりの違いで、この場にその内容を乗せることは出来なかった。
そして、新天地でボクはブログを始めることになった。
新天地でのブログはまずまず順調に進んだものの、こちらを平行して進めることができなくなっていた。
それまでここに書き記していたような内容は、再び、手帳に書き込むというアナログ形式にもどることになった。
まぁ別にアナログ形式でも悪くなかったのだけれど、やっぱり、ボクはこっちのデジタルな方がいいかな、と。
それで、ボクは再びこの場を利用するキッカケを探していたのだけれど・・・なかなか見つからず、結局、なんの変哲も無い今日という日になったのです。
というわけで、今日からまたお世話になります。
今日、初めて「踊るヒット賞」を当てることが出来ました。
よッ、B作!!
なんで今までお留守にしていたのかを一言で言うと、アナログに回帰していたのでありました。
と、いうのも遡ればあれは9月。そう、ボクがこの日記を中断させた9月9日頃まで時は遡る。
あの頃、ボクは自分の家のある滋賀県を離れ、コンクリートジャングル東京に攻め込んでいた。
就職先の研修で訪れていたんだけれど、なんと、そこで、新たに別のブログ(もちろんアメブロ)を始めることになってしまったのだ。
既にこの日記を書く場があったボクだったけれど、テイストのあまりの違いで、この場にその内容を乗せることは出来なかった。
そして、新天地でボクはブログを始めることになった。
新天地でのブログはまずまず順調に進んだものの、こちらを平行して進めることができなくなっていた。
それまでここに書き記していたような内容は、再び、手帳に書き込むというアナログ形式にもどることになった。
まぁ別にアナログ形式でも悪くなかったのだけれど、やっぱり、ボクはこっちのデジタルな方がいいかな、と。
それで、ボクは再びこの場を利用するキッカケを探していたのだけれど・・・なかなか見つからず、結局、なんの変哲も無い今日という日になったのです。
というわけで、今日からまたお世話になります。
今日、初めて「踊るヒット賞」を当てることが出来ました。
よッ、B作!!
