常識を疑ってみようシリーズ『財閥の有用性』
残念ながら、当面の間ブログの更新はできなくなります。
なんせ僕は1つのブログを書くのに1時間やら2時間やらかかってしまうので、大学校ではその時間を捻出できないんですよ。
さて、このたびは新しいシリーズ物を書いてみる事にしました。
その名も『常識を疑ってみようシリーズ』です。
この企画は、所謂常識においては悪とされているものの正の側面にスポットライトを当てて考察してみるものです。
そこで今回取り挙げてみるのが『財閥』です。
財閥は負の側面が殊更強調されるものの1つですね。
ではまずは財閥の発生から見てみましょう。
日本における財閥は大きく3つのパターンに分けられます。
江戸時代の豪商が財閥化したもの
明治維新後の官有物払い下げを受け、それを元に財を成したもの
日清戦争や一次大戦の特需成金
これらの大きな資産を持つ企業が多くの小さな会社を買収していき、系列化・グループ化していったものが財閥です。
財閥の負の側面に関しては他の多くの書物等でよく語られている事ですのでここでは割愛し、主に正の側面のみを書いていきたいと思います。
財閥の正の側面、それは現在の社会で決定的に足りないものです。
それは技術を持つ中小零細企業を守り、育てる事です。
現在も先進的でレベルの高い技術を持つ中小零細企業は多く存在します。
NASAから部品の発注を受けている町工場が日本中にいくつもあるのがいい例です。
しかし、その技術の革新は個々の企業努力に委ねられています。
技術革新には多くの時間と大きなコストが必要です。
しかし、昨今の様な不景気においては、企業自体の存続すら危ぶまれる状況にあります。
そこで技術を持つ中小零細企業を守る存在が必要となるのです。
生半可な資金力では昨今の様な記録的な不景気は乗り切れません。
そこで、様々な種類の企業を傘下に納め、不景気においても総崩れする事の無い財源である財閥が役に立つのです。
また別のメリットも存在します。
それは前述にもありますが、技術革新の為です。
現在の多くの企業の株主は短期的な利益を求めます。
それは昨今の株が配当を受けとるものというよりむしろ、その売買によって利益を生むものという認識が広まっている事からも分かるでしょう。
配当を受けとるとしても、今の株主は少しでも早く、少しでも多くの配当を要求します。
この様な状況ですと企業はどうしても短期的に利益をあげられるものにしか投資出来ませんし、時間もかけられなくなります。
すると、10年後20年後を見据えた研究による技術革新は出来ず、どこの企業も似たりよったりのアイデア(笑)やデザイン(笑)の勝負をするしか無くなるのです。
そうしなければ短期的に商品に付加価値をつける事は出来ませんからね。
しかし、その様な表面的な付加価値は一時的な利益しか生みません。
そこで財閥の登場です。
短期的な利益を求めず、口はあまり出さずに金を出してくれる存在です。
その様な確固たるバックボーンがあれば、中小零細企業であっても将来を見据えた研究開発に十分な力を入れる事が出来るのです。
そして、その堅実な研究開発から技術は発展するのです。
今、日本では再び企業のグループ化が進む傾向にあります。
僕は個人的にはこの流れに賛同しています。
何故、財閥というものが日本からなくなっていたのか?
その答えは、戦勝国であるアメリカが本文の様な日本の財閥の正の側面が持つ力を恐れ為、強制的に解体したのです。
もちろん財閥にも少なからず負の側面は存在します。
しかし、今の日本人と比べてはるかに行動的であった文明開化期の日本人は財閥の存在を容認しました。
何故か?
それは財閥の正の側面が持つメリットが負の側面の持つデメリットを上回っていたからではないでしょうか。
さて最後になりますが、「もう当面ブログは書けないと言っているのに何故新しいシリーズ物を始めるのか?」という疑問を持たれた方はいませんか?
僕自身は実際この記事と前の記事でも書いた通り当面記事を書く事は出来ません。
そこで、本当に他力本願で申し訳無いとは思うのですが、この記事を読んで下さった方でお時間の有る方に他のお題で書いて頂けたら嬉しいと思っています。
とりあえず僕の考えたお題をいくつか書いておきます。
軽く調べたりするだけでも構いませんので、よければこれらのテーマについて考えてみて下さい。
お題の例
『良識ある独裁者』
『ヒトラーの功績』
『戦争の発展への寄与』
『イスラム原理主義が住民から支持される理由』
『いじめの生物学的合理性』
『大東亜戦争が東南アジアに残したもの』
『愛国心の持つ力』
『反捕鯨の裏側』
『現代右翼の正体』
『軍隊と主権』
常識であると思い込んでいるものでも、色々と調べて様々な側面を見ていくと、案外面白いものが見えてきますよ。
なんせ僕は1つのブログを書くのに1時間やら2時間やらかかってしまうので、大学校ではその時間を捻出できないんですよ。
さて、このたびは新しいシリーズ物を書いてみる事にしました。
その名も『常識を疑ってみようシリーズ』です。
この企画は、所謂常識においては悪とされているものの正の側面にスポットライトを当てて考察してみるものです。
そこで今回取り挙げてみるのが『財閥』です。
財閥は負の側面が殊更強調されるものの1つですね。
ではまずは財閥の発生から見てみましょう。
日本における財閥は大きく3つのパターンに分けられます。
江戸時代の豪商が財閥化したもの
明治維新後の官有物払い下げを受け、それを元に財を成したもの
日清戦争や一次大戦の特需成金
これらの大きな資産を持つ企業が多くの小さな会社を買収していき、系列化・グループ化していったものが財閥です。
財閥の負の側面に関しては他の多くの書物等でよく語られている事ですのでここでは割愛し、主に正の側面のみを書いていきたいと思います。
財閥の正の側面、それは現在の社会で決定的に足りないものです。
それは技術を持つ中小零細企業を守り、育てる事です。
現在も先進的でレベルの高い技術を持つ中小零細企業は多く存在します。
NASAから部品の発注を受けている町工場が日本中にいくつもあるのがいい例です。
しかし、その技術の革新は個々の企業努力に委ねられています。
技術革新には多くの時間と大きなコストが必要です。
しかし、昨今の様な不景気においては、企業自体の存続すら危ぶまれる状況にあります。
そこで技術を持つ中小零細企業を守る存在が必要となるのです。
生半可な資金力では昨今の様な記録的な不景気は乗り切れません。
そこで、様々な種類の企業を傘下に納め、不景気においても総崩れする事の無い財源である財閥が役に立つのです。
また別のメリットも存在します。
それは前述にもありますが、技術革新の為です。
現在の多くの企業の株主は短期的な利益を求めます。
それは昨今の株が配当を受けとるものというよりむしろ、その売買によって利益を生むものという認識が広まっている事からも分かるでしょう。
配当を受けとるとしても、今の株主は少しでも早く、少しでも多くの配当を要求します。
この様な状況ですと企業はどうしても短期的に利益をあげられるものにしか投資出来ませんし、時間もかけられなくなります。
すると、10年後20年後を見据えた研究による技術革新は出来ず、どこの企業も似たりよったりのアイデア(笑)やデザイン(笑)の勝負をするしか無くなるのです。
そうしなければ短期的に商品に付加価値をつける事は出来ませんからね。
しかし、その様な表面的な付加価値は一時的な利益しか生みません。
そこで財閥の登場です。
短期的な利益を求めず、口はあまり出さずに金を出してくれる存在です。
その様な確固たるバックボーンがあれば、中小零細企業であっても将来を見据えた研究開発に十分な力を入れる事が出来るのです。
そして、その堅実な研究開発から技術は発展するのです。
今、日本では再び企業のグループ化が進む傾向にあります。
僕は個人的にはこの流れに賛同しています。
何故、財閥というものが日本からなくなっていたのか?
その答えは、戦勝国であるアメリカが本文の様な日本の財閥の正の側面が持つ力を恐れ為、強制的に解体したのです。
もちろん財閥にも少なからず負の側面は存在します。
しかし、今の日本人と比べてはるかに行動的であった文明開化期の日本人は財閥の存在を容認しました。
何故か?
それは財閥の正の側面が持つメリットが負の側面の持つデメリットを上回っていたからではないでしょうか。
さて最後になりますが、「もう当面ブログは書けないと言っているのに何故新しいシリーズ物を始めるのか?」という疑問を持たれた方はいませんか?
僕自身は実際この記事と前の記事でも書いた通り当面記事を書く事は出来ません。
そこで、本当に他力本願で申し訳無いとは思うのですが、この記事を読んで下さった方でお時間の有る方に他のお題で書いて頂けたら嬉しいと思っています。
とりあえず僕の考えたお題をいくつか書いておきます。
軽く調べたりするだけでも構いませんので、よければこれらのテーマについて考えてみて下さい。
お題の例
『良識ある独裁者』
『ヒトラーの功績』
『戦争の発展への寄与』
『イスラム原理主義が住民から支持される理由』
『いじめの生物学的合理性』
『大東亜戦争が東南アジアに残したもの』
『愛国心の持つ力』
『反捕鯨の裏側』
『現代右翼の正体』
『軍隊と主権』
常識であると思い込んでいるものでも、色々と調べて様々な側面を見ていくと、案外面白いものが見えてきますよ。
お客様第二主義
残り少ない自由の時間を満喫している行商人です、こんばんは。
実は満喫と言う程は満喫してませんが;^_^A
さて、早速本題です。
皆さん、『お客様第一主義』というものはよく聞きますよね。
特にサービス業ではこれを企業理念としている会社も多いと思います。
しかし、アメリカにはサービス業にも関わらず、少し変わった企業理念で運営されている会社が存在します。
それがアメリカの国内線供給会社:サウスウエスト航空です。
そして、その変わった企業理念と言うのが『お客様第二主義』です。
その考え方を言い換えると、『従業員第一主義』となります。
これは不確定要素の大きい顧客よりも、発展の原動力であり確固たる信頼関係を築く事が出来る従業員を上位に位置付けるというものです。
従業員を満足させる事により、従業員自らが顧客に最高の満足を提供する
これがこの会社のポリシーとなっています。
実際にこの会社の従業員満足度は高く、離職率に関しては5%を切っています。
そしてアメリカでもっとも働きがいのある会社に選ばれていたりもします。
この方針のメリットをもう少し考察してみましょうか。
例えば雇用主が顧客第一主義を掲げたとしましょう。
もちろん従業員も顧客第一で動く事になりますね。
しかし、顧客の為という目的が先走り、従業員の負担が拡大する可能性が大いにあります。
他の欧米の格安運賃を売りにする航空会社の様に、従業員を薄給でこき使う様な事になります。
従業員の負担が大きくなれば、従業員が顧客に提供するサービスの質も(従業員が意図するか否かに関わらず)低下します。
いくら顧客第一だと言っても、従業員は自分自身が生きていく必要があります。
誰からも守ってもらえないのであれば、自分の身は自分で守るしかなくなりますよね。
その結果がサービスの低下に現れるのです。
ここで、雇用主が『従業員第一主義』を掲げたとしましょう。
すると、従業員は会社によって自分が守られているので、気持ちも行動も純粋に顧客に対するサービスに向ける事が出来ます。
するとサービスの質が向上し、顧客の満足度も上がるという仕組みです。
また、先述した様に社員の離職を防ぐ事にもメリットがあります。
社員が離職した場合、当然その穴を埋める為に新しく社員を雇う事になりますね。
しかし、当然新入社員は大抵ただの素人です。
研修を繰り返してやっと実戦レベル、実際にプロと呼べる水準にまで育てるにはさらなる時間とコストが必要でしょう。
しかし、またその社員が辞めてしまったら?
その社員を育てるのに要した時間もコストも完全に無駄になりますね。
まともに育てずにどんどん現場に投入すればもちろんサービスは低下しますし、航空会社であれば保安業務にも支障がでる事になります。
さらに顧客は当然、一夜漬けで勉強してきたアルバイトのサービスよりも、その道のプロのサービスを受けたいと考えますよね。
以上が僕がお奨めする『従業員第一主義』のメリットです。
もちろん、この『従業員第一主義』は従業員自らが声高に叫んで良いものではありません。
この主義の元で行動すべきなのは経営者です。
従業員を(会社が)満足させる事で従業員が顧客に満足を提供する
これが本旨ですからね。
従業員が顧客をないがしろにする言い訳に使って良いものでは無いのです。
とはいっても、例に挙げた会社においては割と従業員も自由に権利の行使をしているんですけどね。
服装は割とラフな感じですし、客をイジったり、あまりにマナーの悪い客を問答無用で叩きだしたり.etc..etc...
会社の方針として客に空の旅を楽しんでもらうというものがあるのですが、たまに顧客から『ここの従業員はふざけ過ぎている』というクレームも来る事もあるそうです。
しかし、それに対する会社の回答はこうです。
「当社の方針に御賛同頂けないお客様は当社を御利用頂かなくても結構です。」
一見滅茶苦茶に聞こえますが、その結果がトップクラスの顧客満足度と今も続く黒字経営です。
自由な気風の中で少しはめを外す事もあるかもしれませんが、それでもその会社で働く従業員は『プロ』なのです。
やる事はしっかりとやり、すべきで無い事は決してやりません。
それが正当に評価された結果が顧客満足度に現れているのでしょう。
最後に少し余談をお許し下さい。
先程、従業員は従業員第一主義を叫んではならないと書きましたね。
これは顧客第一主義にも同じ事が言えると思います。
そう、顧客は顧客第一主義を叫んではならない。
たまにいませんか?
「お客様は神様だろ?」と大声で詰め寄る客が。
『お客様は神様です』
この言葉はサービスの提供側が自戒を込めて言うものです。
決してサービスの受け手が言うものではありません。
この様な言葉を声高に叫ぶのは、神は神でも貧乏神でしょうね。
客はguestであり、サービスの提供者であるhostの定めたルールの元でhostの提供するサービスを享受し、その対価を支払う。
客は神様では無いのです。
客は客なりにルールやマナーを守らねばなりませんし、サービスの提供に対して感謝もしなければなりません。
無論、hostがguestを精一杯もてなすのは当然ですが、guestはそれを当然と思ってはならなりません。
hostに迷惑をかけるguestはカッコ悪いのです。
我々はカッコ良い客になりたいものですね。
実は満喫と言う程は満喫してませんが;^_^A
さて、早速本題です。
皆さん、『お客様第一主義』というものはよく聞きますよね。
特にサービス業ではこれを企業理念としている会社も多いと思います。
しかし、アメリカにはサービス業にも関わらず、少し変わった企業理念で運営されている会社が存在します。
それがアメリカの国内線供給会社:サウスウエスト航空です。
そして、その変わった企業理念と言うのが『お客様第二主義』です。
その考え方を言い換えると、『従業員第一主義』となります。
これは不確定要素の大きい顧客よりも、発展の原動力であり確固たる信頼関係を築く事が出来る従業員を上位に位置付けるというものです。
従業員を満足させる事により、従業員自らが顧客に最高の満足を提供する
これがこの会社のポリシーとなっています。
実際にこの会社の従業員満足度は高く、離職率に関しては5%を切っています。
そしてアメリカでもっとも働きがいのある会社に選ばれていたりもします。
この方針のメリットをもう少し考察してみましょうか。
例えば雇用主が顧客第一主義を掲げたとしましょう。
もちろん従業員も顧客第一で動く事になりますね。
しかし、顧客の為という目的が先走り、従業員の負担が拡大する可能性が大いにあります。
他の欧米の格安運賃を売りにする航空会社の様に、従業員を薄給でこき使う様な事になります。
従業員の負担が大きくなれば、従業員が顧客に提供するサービスの質も(従業員が意図するか否かに関わらず)低下します。
いくら顧客第一だと言っても、従業員は自分自身が生きていく必要があります。
誰からも守ってもらえないのであれば、自分の身は自分で守るしかなくなりますよね。
その結果がサービスの低下に現れるのです。
ここで、雇用主が『従業員第一主義』を掲げたとしましょう。
すると、従業員は会社によって自分が守られているので、気持ちも行動も純粋に顧客に対するサービスに向ける事が出来ます。
するとサービスの質が向上し、顧客の満足度も上がるという仕組みです。
また、先述した様に社員の離職を防ぐ事にもメリットがあります。
社員が離職した場合、当然その穴を埋める為に新しく社員を雇う事になりますね。
しかし、当然新入社員は大抵ただの素人です。
研修を繰り返してやっと実戦レベル、実際にプロと呼べる水準にまで育てるにはさらなる時間とコストが必要でしょう。
しかし、またその社員が辞めてしまったら?
その社員を育てるのに要した時間もコストも完全に無駄になりますね。
まともに育てずにどんどん現場に投入すればもちろんサービスは低下しますし、航空会社であれば保安業務にも支障がでる事になります。
さらに顧客は当然、一夜漬けで勉強してきたアルバイトのサービスよりも、その道のプロのサービスを受けたいと考えますよね。
以上が僕がお奨めする『従業員第一主義』のメリットです。
もちろん、この『従業員第一主義』は従業員自らが声高に叫んで良いものではありません。
この主義の元で行動すべきなのは経営者です。
従業員を(会社が)満足させる事で従業員が顧客に満足を提供する
これが本旨ですからね。
従業員が顧客をないがしろにする言い訳に使って良いものでは無いのです。
とはいっても、例に挙げた会社においては割と従業員も自由に権利の行使をしているんですけどね。
服装は割とラフな感じですし、客をイジったり、あまりにマナーの悪い客を問答無用で叩きだしたり.etc..etc...
会社の方針として客に空の旅を楽しんでもらうというものがあるのですが、たまに顧客から『ここの従業員はふざけ過ぎている』というクレームも来る事もあるそうです。
しかし、それに対する会社の回答はこうです。
「当社の方針に御賛同頂けないお客様は当社を御利用頂かなくても結構です。」
一見滅茶苦茶に聞こえますが、その結果がトップクラスの顧客満足度と今も続く黒字経営です。
自由な気風の中で少しはめを外す事もあるかもしれませんが、それでもその会社で働く従業員は『プロ』なのです。
やる事はしっかりとやり、すべきで無い事は決してやりません。
それが正当に評価された結果が顧客満足度に現れているのでしょう。
最後に少し余談をお許し下さい。
先程、従業員は従業員第一主義を叫んではならないと書きましたね。
これは顧客第一主義にも同じ事が言えると思います。
そう、顧客は顧客第一主義を叫んではならない。
たまにいませんか?
「お客様は神様だろ?」と大声で詰め寄る客が。
『お客様は神様です』
この言葉はサービスの提供側が自戒を込めて言うものです。
決してサービスの受け手が言うものではありません。
この様な言葉を声高に叫ぶのは、神は神でも貧乏神でしょうね。
客はguestであり、サービスの提供者であるhostの定めたルールの元でhostの提供するサービスを享受し、その対価を支払う。
客は神様では無いのです。
客は客なりにルールやマナーを守らねばなりませんし、サービスの提供に対して感謝もしなければなりません。
無論、hostがguestを精一杯もてなすのは当然ですが、guestはそれを当然と思ってはならなりません。
hostに迷惑をかけるguestはカッコ悪いのです。
我々はカッコ良い客になりたいものですね。
世界は変わらない・世界は変えられる
僕はこのブログのスローガンとして2つの言葉を掲げています。
「当たり前の事を当たり前に」
「普通と同じでは面白く無い」
他の記事も読んで頂けたら分かるとは思いますが、当然の事を淡々と書き綴っている記事と少し斜めの視点から見ている記事がありますね。
このスローガンは割りと気に入っていますので、記事を書ける間はこれらの言葉に則して書いていきたいです。
と言っても、リアルライフの都合で4月から無期限休載をしますが。
読んで下さっている方、報告遅れて申し訳ありません。
なにぶん、これから進学する学校が非常に特殊な環境であるため、時間的・精神的・物理的余裕が無くなると思われるからです。
そういえば、皆さんはparadoxという言葉を知っていますか?
この単語は『矛盾』と訳される事が多いですが、ニュアンスとしてはもう少し近い言葉が有ります。
それが『逆説』です。
この逆説という言葉の意味は
一見矛盾している様に見えるが、よく考えればつじつまが合う論理
という意味です。
最初に出てきた2つのスローガンも、一見相反する存在に見えますが、恐らくこの2つが共存している記事もあると思いますよ。
さて、ここで題名を見てみましょう。
「世界は変わらない・世界は変えられる」
矛盾していますね。
変わらないものを変えられる?そんな筈は無い訳です。
もちろん文字通りに受けとれば、の話ですがね。
少し題名の言葉の意味を表す具体例を挙げてみましょう。
ある子供が周りの子供達にイジメられています。
もちろんその子供はイジメを止めて欲しいと願っています。
しかし、イジメはいつまでも続きます。
いくら願っても世界は変わらないのです。
ここまでが『世界は変わらない』という状態です。
しかし、ここで彼は自分を変えてみようと考えました。
彼は出来る限り、自分が思い付く限り、自分を変えようとしました。
勉強、運動その他をがむしゃらに頑張ってみました。
そして努力が自信に結び付く様になって周りを見渡すと全く違う世界が見えてきました。
もちろんイジメなどはありません。
それどころか、周りが自分に対して一目置いてくれているのです。
『世界は変えられない』
しかし『自分は変えられる』
そして、自分が変われば『世界が変わる』のです。
何がきっかけとなるかは分かりません。
ですから、自分で動いてきっかけを探しましょう、きっかけを作り出しましょう。
変化を望むだけでは決して変化は起きません。
願うのではなく望む、欲する事によって変化は生まれるのです。
さて、ここまでは小さな世界の変え方です。
世界を主観的な存在と見た時の方法です。
今度は現実的な、そしてもう少し大きな世界を変えてみましょう。
よくこんな事を言う人がいますよね。
「公務員は腐敗している」
「政治家はゴミばかりだ」
でしたら変えてみましょうよ。
願うのではなく、自分が動いて変えてみましょうよ。
変えるのに一番手っ取り早いのは一番上に立って変える事ですね。
では公務員の一番上、事務次官まで上りつめて変えてみましょうよ。
どうやってそこまで上りつめられるか、ですか?
まぁ、まずは東京大学位は出てないと相手にしてもらえないでしょうね。
次は国家公務員Ⅰ種試験に合格する事ですね。
そして中に入ってから優秀な人間の中で頭角を表し、認められて上りつめなければなりません。
そして、晴れてトップに立って改革しましょう。
えっ?そんな事を今更出来る訳が無いと?
かもしれませんね。
では、今までこういった事をやろうとしてきましたか?
変える為の行動をとってきましたか?
変えてやろうと思って、そのための行動を続けてきましたか?
文句を言う事は誰にでも出来ます。
しかし、文句を言う資格の有る者は極めて少ないのです。
流石に今更、東大にも行ってはいられないでしょうから別の手段を考えてみましょうか。
今の政治家が気に食わないとします。
汚職だ不正だにまみれて全く国民の方を見ていない、と思っているとします。
では何故変えないのですか?
まず、簡単な事は自分がその気に食わない候補でない候補に投票する事ですね。
一票だけでは変わらない?
では、違う候補の宣伝を必死でするなりなんなりして、同士を作ればいいのでは無いですか?
また、こんな手もあります。
自分が立候補するのです。
25歳以上の日本国民には被選挙権がありますからね。
金がかかる?
そのために必死で働いて貯めればいいでしょう?
人脈が無い?
何故作ってこなかったのですか?
現状を悲観するだけでは何も変わりません。
何かを変えたければ自分自身が動いて変えましょう。
確かに動いた所で変わらない事もあるでしょう。
しかし、動かなければ確実に変わりません。
せめて文句を言う権利位は手に入れてから文句を言いましょう。
行動を起こさぬ者に文句を言う権利はありません。
最後に少し余談です。
最近、こんなCMが流れています。
子供の声で「いつかきっと出来るよね」と言う歌詞の歌が流れ、画面には子供達の夢の構造物のイメージが流れます。
そして歌の歌詞はこの様な言葉で終ります。
「楽しみに待ってるよ」
何回聞いても頭にきますね。
実現出来るか否かは分かりません。
しかし、何故自分で作ってやろうと思わせる内容にしないのか。
何故いつも他力本願なのか。
これとは逆にこんな人もいます。
ガンダムというロボットアニメは聞いた事位はありますよね?
そのガンダムを実際に作りたいという夢を持ち続け、大学の工学部に進学し、ロボット工学を専攻している学生がいます。
恐らくかれが巨大人型ロボットを完成させる事は無いでしょう。
しかし、彼の力によって彼の夢はほんの少しではありますが現実に近付くのです。
世界とは見も知らぬ英雄が変えるものではありません。
意思のある人が変えるのです。
意思を持つ、それは貴方にも出来る事です。
世界が変わらないのではありません。
貴方が変えようとしていないのです。
だったら変えてみましょうよ。
貴方が世界を変えた英雄になれるかもしれませんよ。
「当たり前の事を当たり前に」
「普通と同じでは面白く無い」
他の記事も読んで頂けたら分かるとは思いますが、当然の事を淡々と書き綴っている記事と少し斜めの視点から見ている記事がありますね。
このスローガンは割りと気に入っていますので、記事を書ける間はこれらの言葉に則して書いていきたいです。
と言っても、リアルライフの都合で4月から無期限休載をしますが。
読んで下さっている方、報告遅れて申し訳ありません。
なにぶん、これから進学する学校が非常に特殊な環境であるため、時間的・精神的・物理的余裕が無くなると思われるからです。
そういえば、皆さんはparadoxという言葉を知っていますか?
この単語は『矛盾』と訳される事が多いですが、ニュアンスとしてはもう少し近い言葉が有ります。
それが『逆説』です。
この逆説という言葉の意味は
一見矛盾している様に見えるが、よく考えればつじつまが合う論理
という意味です。
最初に出てきた2つのスローガンも、一見相反する存在に見えますが、恐らくこの2つが共存している記事もあると思いますよ。
さて、ここで題名を見てみましょう。
「世界は変わらない・世界は変えられる」
矛盾していますね。
変わらないものを変えられる?そんな筈は無い訳です。
もちろん文字通りに受けとれば、の話ですがね。
少し題名の言葉の意味を表す具体例を挙げてみましょう。
ある子供が周りの子供達にイジメられています。
もちろんその子供はイジメを止めて欲しいと願っています。
しかし、イジメはいつまでも続きます。
いくら願っても世界は変わらないのです。
ここまでが『世界は変わらない』という状態です。
しかし、ここで彼は自分を変えてみようと考えました。
彼は出来る限り、自分が思い付く限り、自分を変えようとしました。
勉強、運動その他をがむしゃらに頑張ってみました。
そして努力が自信に結び付く様になって周りを見渡すと全く違う世界が見えてきました。
もちろんイジメなどはありません。
それどころか、周りが自分に対して一目置いてくれているのです。
『世界は変えられない』
しかし『自分は変えられる』
そして、自分が変われば『世界が変わる』のです。
何がきっかけとなるかは分かりません。
ですから、自分で動いてきっかけを探しましょう、きっかけを作り出しましょう。
変化を望むだけでは決して変化は起きません。
願うのではなく望む、欲する事によって変化は生まれるのです。
さて、ここまでは小さな世界の変え方です。
世界を主観的な存在と見た時の方法です。
今度は現実的な、そしてもう少し大きな世界を変えてみましょう。
よくこんな事を言う人がいますよね。
「公務員は腐敗している」
「政治家はゴミばかりだ」
でしたら変えてみましょうよ。
願うのではなく、自分が動いて変えてみましょうよ。
変えるのに一番手っ取り早いのは一番上に立って変える事ですね。
では公務員の一番上、事務次官まで上りつめて変えてみましょうよ。
どうやってそこまで上りつめられるか、ですか?
まぁ、まずは東京大学位は出てないと相手にしてもらえないでしょうね。
次は国家公務員Ⅰ種試験に合格する事ですね。
そして中に入ってから優秀な人間の中で頭角を表し、認められて上りつめなければなりません。
そして、晴れてトップに立って改革しましょう。
えっ?そんな事を今更出来る訳が無いと?
かもしれませんね。
では、今までこういった事をやろうとしてきましたか?
変える為の行動をとってきましたか?
変えてやろうと思って、そのための行動を続けてきましたか?
文句を言う事は誰にでも出来ます。
しかし、文句を言う資格の有る者は極めて少ないのです。
流石に今更、東大にも行ってはいられないでしょうから別の手段を考えてみましょうか。
今の政治家が気に食わないとします。
汚職だ不正だにまみれて全く国民の方を見ていない、と思っているとします。
では何故変えないのですか?
まず、簡単な事は自分がその気に食わない候補でない候補に投票する事ですね。
一票だけでは変わらない?
では、違う候補の宣伝を必死でするなりなんなりして、同士を作ればいいのでは無いですか?
また、こんな手もあります。
自分が立候補するのです。
25歳以上の日本国民には被選挙権がありますからね。
金がかかる?
そのために必死で働いて貯めればいいでしょう?
人脈が無い?
何故作ってこなかったのですか?
現状を悲観するだけでは何も変わりません。
何かを変えたければ自分自身が動いて変えましょう。
確かに動いた所で変わらない事もあるでしょう。
しかし、動かなければ確実に変わりません。
せめて文句を言う権利位は手に入れてから文句を言いましょう。
行動を起こさぬ者に文句を言う権利はありません。
最後に少し余談です。
最近、こんなCMが流れています。
子供の声で「いつかきっと出来るよね」と言う歌詞の歌が流れ、画面には子供達の夢の構造物のイメージが流れます。
そして歌の歌詞はこの様な言葉で終ります。
「楽しみに待ってるよ」
何回聞いても頭にきますね。
実現出来るか否かは分かりません。
しかし、何故自分で作ってやろうと思わせる内容にしないのか。
何故いつも他力本願なのか。
これとは逆にこんな人もいます。
ガンダムというロボットアニメは聞いた事位はありますよね?
そのガンダムを実際に作りたいという夢を持ち続け、大学の工学部に進学し、ロボット工学を専攻している学生がいます。
恐らくかれが巨大人型ロボットを完成させる事は無いでしょう。
しかし、彼の力によって彼の夢はほんの少しではありますが現実に近付くのです。
世界とは見も知らぬ英雄が変えるものではありません。
意思のある人が変えるのです。
意思を持つ、それは貴方にも出来る事です。
世界が変わらないのではありません。
貴方が変えようとしていないのです。
だったら変えてみましょうよ。
貴方が世界を変えた英雄になれるかもしれませんよ。
