先週の金曜日から法事のため、鹿児島に行ってました。
天候に恵まれ、快適な2泊3日を過ごすことができました。
初日
朝4時に起きて5時の電車に乗り、6時には成田空港
ひとりの移動となるとさみしく
出発前に軽く1杯 という気分にもならず
東京や千葉のお土産ショップを散策して定刻
一路、鹿児島へ
小説を読んでちょっとウトウトしたら
空の上で2時間はあっという間
乱気流のせい? 鹿児島空港の滑走路は短いの?
パイロットが下手なの? かは知らんけど
着陸直後、急ブレーキかけられたみたいに
上半身前のめりで、前の座席に手をあてて
周囲からは小さい悲鳴のような・・・
ま、それでも無事に鹿児島に到着
18年ぶりに会った叔父さんと初めて会う従兄弟の迎えの車に乗り
鹿児島観光へ
向かったのは桜島
途中で黒酢作りが盛んな街に来たので
仕込みをしているところを拝見
と、先客はテレビ局
道の駅で小休憩して 一路桜島へ
目を凝らさないとわからないくらいの噴煙を上げている桜島は
その大小の噴火によって山頂部を削り
高さが減っているとか(叔父談・・・うそ?
桜島の溶岩でできた道路を走り、湾を往復するフェリーへ
フェリーに乗って鹿児島市内に入り
路面電車に歓喜して、西郷さんが自決した城山を拝んで
昼食をご馳走になってから叔父宅へ
ビールを煽りながら夕方まで時間を潰し
これまた二十年ぶりに会う従兄弟の運転で 前夜祭会場へ
そこで父や親戚一同と会し、宴へ
芋焼酎のお湯割を満喫しました。
2日目
祖母の7回忌です。
28年前に会ったとき、小学生だった従兄弟の娘さんは
高校生の子を持つ母親になっていました。
そう、私は28年ぶりに鹿児島の故郷へ来たのです。
粛々と法要は終わりました。
お寺は父の生家の近いところでしたので
私はひとり、生家の跡地を見に行くことにしました。
ちょうど、父がそばにいたので
その旨を告げて、その場を離れました。
お寺から見えるところに 小さな商店があり、私が小学生のとき
その家の息子さんたちにお世話になりましたので
古びた引き戸を開けて、奥のちゃぶ台のところで
座ってテレビを見ていたおばあちゃんに声を掛けました。
「実は私、○○の□□□の長男でにんにくと申します。
私が小学生のころ、一晩泊めていただいたこともありました。
今日は祖母の7回忌で・・・」
と 話すと 「あ~ぁ、□□□さんの! お父さんにそっくりで!」
お世話になったことを話して感謝の言葉を述べ
お茶を勧められましたが、皆が待っているのでと失礼して
跡地に向かいました。
父の生家は国道を設けるにあたって
母屋が軌道に当たるということで
敷地の2/3を手放すことなったそうです。
28年前の記憶を辿ろうにも
国道の整備に伴って、周辺道路も整備されてしまっていて
当時の面影はありませんでした。
しかたなく国道に面した1軒のお宅の敷地内にいらっしゃった ご婦人に声を掛け
「私、○○と申しまして、□□□の長男なのですが、
このあたりに○○の土地があると聞きまして・・・」 以下省略
話しかけたご婦人は、同じ町内だった方で
父の妹(私の叔母)の同級生とのことでした。
ご婦人の指差す方向にフェンスがあり
その裏がわずかに残った、○○家の土地だとのことでした。
お礼を述べて100mほど歩いたところに
その空き地はありました。
センチメンタルジャーニーに浸りながら
お寺の駐車場へ戻ると
「ああ!」 「きた!きた!」という・・・
???
「どこいってたの?!」というちょっとイラっとされている
みなさん方に経緯を話すと
「あなたのお父さんは何も言ってなかった。 別の車で△△家へご挨拶に」 云々と
なるほど~~~ つまり私は行方不明扱いに
くそ親父め!
従兄弟の娘さんの新居に移動して献杯
くつろいだ後、叔母宅に移動
ひとりで1時間ほど付近の山や川を散策
戻ったところで バーベキューの準備にかかり
父の兄弟姉妹、子、孫 30人前後が集まり
ワイワイガヤガヤと盛大に終わりました。
3日目
あなたたち親子のいびきの合唱はハンパじゃ無い!と 叔母たちに・・・
居心地が悪かったので
表に出て立小便をしたところで 隣家の従兄弟が現われ
昨夜の片づけを始めたので手伝い
終わったところで父、叔母たちと寝巻きのまま
桜島が望めるところへ散歩
戻る道すがら、唐竹という竹の子をポキリと収穫
朝食は昨日と同じく、叔母連合によるもの
48歳の私に対して
「あなたは若いんだから、いっぱい食べなさい!」と
たしかに70、80代の叔父や叔母からしたら 私は若いですが、
だからといって朝から白飯を2杯食べ終えても
「遠慮しないでもっと!」とは 酷過ぎると思うが
午後2時すぎの飛行機に成田行きと羽田行き
私と父はそれぞれ搭乗予定であるため
11時には叔母宅を出発することになっていたが
叔父や従兄弟、その子たちが手土産を持って別れの挨拶に
米、酒、茶、和菓子と・・・感謝
結果として
とても持参して持ち帰ることなどできないので
その場でダンボール箱に詰めて、宅急便で送ることに(苦笑
皆に別れを告げて、従兄弟に空港へ送ってもらいました。
見えなくなるまで手を振り続けていた 叔母の姿に
熱いものが込み上げてきました。
空港で自宅と会社と知り合いへ
さつまあげ、かるかん、黒豚なんとか、さつまいもなんちゃら
結構な合計金額になってしまったお土産を買って
スーツケースに無理やり詰め込んで
入りきらなかったものは手荷物で
ガラガラと引きずりながら、帰路に着きました。
可能であれば鹿児島市内にあるトライクショップへ行ってみたかったのですが
年配者たちの「単独行動は控えなさい」的圧力に屈指てしまい
断念しました。
如何せん、高齢者ばかりの叔父叔母ですから
悲しいことですが、そう遠く無く 鹿児島に行くことになりそうです。