無精子症には二種類ある
精子はつくれるが途中でつまっているもの
精子そのものをつくれないもの
私は、つくれないほうになる
つまり、人工受精も不可能なのである
これがわかったのは、18歳の時
性病にかかってしまった気がしたので、性病検査をしに泌尿器科に行った
数日後、検査の結果をききにいったら医者に
精子を検査したいとのこと
また、数日後なんと医者から
精子の死骸も残骸もないと言われた
そんなはずない、と大きな3っつの病院に行き検査をしたが
結果、同じでした
可能性として、性病でなったのかもしれないと言われた

私は…いや、誰でも将来は幸せな家庭を築き上げたいと思うものである
子供は何人ほしいとか
男の子がいいとか、女の子がいいとか
私には、それを実現する事が出来ない
だが、それを不幸だとは考えてはいない

もし彼女が出来て結婚して、子供はつくれないがそれでもいいという人はいるかもしれない
だが、結婚をして何年か過ぎて気が変わり
子供がほしいと言われたら私は何もしてあげれない
その人を不幸にしてしまうかもしれないなら、本当に不幸なのはそれだと思ったのだ
だからこれは一人で生きて行った方がいいと考えた

友達や知り合いで、おろした
中には数回もおろしたという話を何回かきいたことがある
こっちはほしくても手にすることができないのに
いらないから捨てる?
簡単には表現出来ない感情になったのを覚えている

私は、自分でこのことについて何年間もいろいろな人に相談した
出逢いを大事にして
子供を本当に望んでない女性は、今沢山いる
もし、ほしいと言われたら養子とかは?
連れ子の人と一緒になったら?

など、いろいろアドバイスしてくれた
本当にありがとう

私は、正直まだ答えはみつけてません
いつか胸を張って
これが、私の答えだ
と、いうものをみつけるためにも強く生きて行く

幸せとは私には縁がないものとかではなく
もしかしたら、悩むことすらとらえかたによっては幸せなことではないのかなと感じることもあります
だから、今こうやって生きていることが幸せなんだと
私はそう思うのです
近い日に、仲が良かった異性の親友が結婚する
この人とは長い付き合いで、中学の時からの仲になる
中学校は違う中学校だったが、部活をとうして仲良くなった
学校が終わって待ち合わせして、道ばたや公園で何時間もおしゃべりしたものだ
なんと言うか、価値観やフィーリングみたいのがお互いに合っていたんだと思う
家に帰っても長電話したりして、本当に長い時は朝まで喋ってた

あれは高校の時だった
私が、どうしても簡単には人には言えない悲惨な出来事がかさなり自暴自棄になりそうだったとき
今からいくから
と、隣町から夜中なのに自転車で家の近くまで来てくれた事あった
ずっと話を聞いていてくれて、いつの間にか涙がこぼれそうになってしまって、恥ずかしいので泣いてないふりをしたら
泣いていいんだよ
と、笑顔で言ってくれてずっと泣いていたのを覚えている
多分、あの時その人がいなかったら立ち直れなかったと思う
あの時は、ありがとう!!

私が、彼女出来たら喜んで良かったねと言ってくれて、その人に彼氏が出来ればよかったねと言い
別れた時は励ましてくれたり、その人が別れてしまったら、大丈夫?と励ます、持ちつ持たれつでした

最近、その人が私に結婚することになったと報告してきた
それをきいた時、なぜかよかったねと喜べなかった
素直におめでとうが言えなかった
離れていく
その時そう感じてしまった
それから、どうしてかその人の事ばかり考えてしまう
いつも近くに居たから判らなかったけど、離れて初めてその人の大切さに気が付いたとでもいうのだろうか
私は、その人に幸せになってほしい
だから、だからこそこれからもずーっと仲良しでいてね
そして、本当に幸せにしてもらえよ




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