恒例のフットサル大会がはじまりました。

まずはOVER30MIX。

結果は3位でした。


去年も思ったことだけど、もっと試合に出たいので実力をつけるようまた基本からがんばろう。と思った。


安心してボールを預けられる選手になりたい。


さて、大会は始まったばかり。これからこれから。

ついに満男代表招集〓
昨日○こさんとその話したばかりだった〓
呼ばれたよ~○こさーん〓

以下アントラーズMobileからのメール〓



~日本代表メンバーに内田、岩政、興梠、小笠原の4選手が選出!!~

本日、指宿合宿(1/25~@鹿児島)及びキリンチャレンジカップ2010ベネズエラ代表戦(2/2@九石ド)に臨む日本代表メンバーが発表されました。

鹿島アントラーズからは、内田篤人選手、岩政大樹選手、興梠慎三選手、小笠原満男選手が選出されました。

なお、小笠原選手は2006年のワールドカップドイツ大会以来3年半ぶりの日本代表選出となります。

<小笠原選手コメント>
今日が代表メンバーの発表日だという事を知らなかったです。選出されたことはとても嬉しいし、光栄に思います。まだ選ばれただけなのでこれから頑張りたいと思います。

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アントラーズモバイル
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100107-00000001-sph-socc


あぁついに小澤選手退団。

海外挑戦、応援しています。

いままでありがとうございました。

※優勝したのに選手流出相次ぐ鹿島・・・

田代&増田はモンテへ・・・・

小澤挑戦!パラグアイで正GK…鹿島残留オファーを固辞

1月7日8時0分配信 スポーツ報知

 鹿島のGK小澤英明(35)が退団し、パラグアイ・リーグ入団を目指すことが6日、分かった。7日にパラグアイに向けて出発予定。現段階で正式オファーはないが、スポルティボ・ルケーニョなどの練習に参加しながら契約成立を目指す考えだ。鹿島から契約延長オファーを受けていたが、それを固辞しての海外初挑戦。子どもの頃からの夢実現に挑戦する。

 35歳、GK小澤が海を渡る決断を下した。「昨年でリーグ3連覇をしたし、そこでいくつかのクラブから誘いもあった。年齢的なことも考えて、今がタイミングだと判断しました。パラグアイに行きます」。契約延長オファーを出し、慰留に努めた鹿島幹部を涙ながらに説得。電撃退団し、パラグアイ・リーグに挑戦する決意を固めた。

 夢と危機感に突き動かされた。「子どもの頃Jリーグはなく、テレビで見るならブンデスとか。雑誌も海外リーグだった。自然と海外への夢を持つようになった」。さらにプロ18年でJ1通算出場は25試合。どのJクラブでも第2GKだった。ベンチ入りしながら出場しなかった試合257は、J1最多記録だ。夢に「一度は正GKになりたい」という思いが重なった。

 7日にパラグアイに出発する。まずは元日本代表FW武田修宏氏(サッカー解説者)が所属したスポルティボ・ルケーニョへ練習参加する予定。パラグアイ・リーグは1月下旬に開幕予定で、現在シーズン前のキャンプ中。入団テストを受け、契約成立を目指す考えだ。成立しなかった場合は「いろいろなクラブを回って、練習に参加したい」と海外移籍に執念を見せる。

 妻、子ども2人の家族からも「行くなら早い方がいい」と後押しを受けているという。「この年になって、海外とか理解されないかもしれない。でも、GK大国で一回りも二回りも大きくなりたい。まだまだ現役でできると思うし、この挑戦も旅の途中です」。鹿島からの契約延長オファー(推定年俸2400万円)を固辞した35歳は目を輝かせた。

 ◆小澤 英明(おざわ・ひであき)1974年3月17日、茨城県行方(なめかた)市生まれ。35歳。水戸短大付高校から92年に鹿島入団。アトランタ五輪日本代表では、GK川口と熾烈(しれつ)なポジション争いを演じた。持病の腰痛が治らず、97年7月に自ら鹿島を退団。米国で治療後、98年10月に横浜Mで現役復帰。その後、C大阪、F東京を経て04年に鹿島に復帰。練習に取り組む姿勢は選手の見本。リーグ通算25試合出場。188センチ、84キロ。

 ◆パラグアイ・リーグ リーガ・パラグアージャと呼ばれる。1941年創設。現在は12クラブが属する。昨季はセロ・ポルテーニョが優勝。同リーグには、かつてMF広山望がセロ・ポルテーニョ、FW武田修宏がスポルティボ・ルケーニョ、FW福田健二がグアラニに所属したことがある。また、同国代表は南アW杯南米予選を3位で通過し、FIFAランク29位。