
レニ・リーフェンシュタール(Bart Helene Amalie Riefenstahl)は1902年ベルリンで生まれた。
スーパー久しぶりの更新。パソコンに電源を入れてもつけただけとか、メールチェックするだけで終了とか。ていう以前に部屋にあまりいないので、勿論ブログだって更新できないし、その時間あったら外に出てコーヒー飲みながら座ってた方がよっぽど楽しいし、このブログも日記であまり人に教えてないから自分だけのモノだし。日記は毎日直筆で書いてるしね。とにかくこの一ヶ月は色々なことがあった。起こった順よりも、自分にとって大きかった順に書いていきます。
まずは二十歳をここ、韓国で迎えたこと。二十歳を母の母国である韓国で迎えるとは夢にも思っていなかったことだけど現実になった。十代の誕生日を海外で迎えたのは十回中七回で三回だけは日本だった。自慢でもなんでもなくて、母親の誕生日と俺の誕生日の月が同じこともあり、彼女の趣味に付き合わされたのが大半で後は留学とか、彼女に会いに行ったりとか色々。とにかく二十代最初の誕生日を韓国で迎えたことは自分にとって大きな意味があると思う。当日は祖母や母親、親戚と祖母の家で食事をした。静かな部屋の中で、けして盛大ではなかったし、高価なプレゼントを貰ったわけではないけれど、本当に幸せでした。
目の前にいるのは祖母であったり、母であったり、親戚であったり、他の人には分からないと思うけど在りえないメンツだった。幸せの基準は人それぞれ違うもので、今回の節目の誕生日は生涯忘れることのない特別なものになった。
二十歳になって、初めてしたことがある。それは祖父のお墓参りである。生まれたから一度も会ったことも、話したこともない祖父。母が高校一年生の時に亡くなったと聞いた。新聞記者であった祖父は次のひ大統領のインタビューを控えていた。家族で服装を確認したり、髪型や持ち物を確認したり、家族中が興奮したインタビュー前日。才能のある人が早死にするなと個人的に思うけれど、祖父も僕の中でその一人である。五年間の入院生活の後、祖父は亡くなった。そんな祖父の始めてのお墓参り。二十歳になって初めて祖父に会える。でも触れることも、会話を交わすこともなかったけど精一杯お祈りをした。でも一度でいいから会ってみたかった。
このブログは本当に思ったことを素直に書いているわけで、見直しも読み返すこともしないから文章がおかしかったり、時が間違ってたりすると思うけど読んでくれている人は目をつぶってください。
少ししんみりなりましたが、最近感じたことを単語で簡単に。言葉の能力、下心と真心、友情、雰囲気。
ではでは自分お疲れ。
いよいよ10月、こっちにきてもう10日弱。もう留学も終わり何じゃないかってぐらいいろんな意味で内容の濃い時間だった。授業も始まり、生活のベースが出来てそれを中心に生活をしている、勿論。とは言うものの2日間授業のあとは3連休。まずは花の金曜日だが。。雨降り過ぎ!!とりあえず、死ぬほどリッカーを飲んだ後、韓国のクラブ上陸!チャージは鬼安の5ドル!!まあその訳は中に入ったら判明。おいおい、小さい、音楽はHIP-HOPでtoo slow,chicksもpureなkorean girlたちがtoo slowな曲に体を合わせているだけ。でも、久しぶりにで、しかも韓国、とりあえず踊って、飲んで、座った。座っていたのがdjブースの隣で回しているdj君と少し会話・・・・・15分後バトンタッチ。アドリブで在るレコードで1時間回してた。とは言うもののアナログじゃなかったので少しとまどい、すこし手伝ってもらいながらだったけど、人を操っている感じがここ韓国でも味わえた。その日を境に次の日、見事に晴れ昼間は親戚と夕食をして、限界を超える食べ物を入れ、いざ戦場へ!!12時学校がある新町からタクシーで10分(大体3ドルくらい)。クラブS。チャージはかなりでかいクラブ&free drinkで15ドル。戦場は広く、映像と音楽が共に流れ、それにのせオーディエンスが踊っていた。とりあえず、踊る、飲む、飲む、飲む、そしてchicksと踊る☆休みは昼と夜が真逆になり、本当に戦場から戻った兵士のような感じで、ベットへダイブ。今日も3時起床とおいおい、俺なにやってんだよと思うけど、それでぴんぴんしている。うん、若さって素晴らしい。
いよいよ始まった、第二の祖国韓国での生活!これから4ヶ月はここでの生活を中心に、日記っぽく付けていこうと思う。
9月22日出発の朝、準備のためほとんど眠れず1時間横になっただけで家を出た。しばらく家族とも友達とも別れるとなると、ここに来てやはり寂しいと思った。別れがあるから出会いがある、そう、韓国での出会いに期待!空港行きのバスに乗るため朝4時に親父にバス停まで送ってもらった。無事バスに乗り、予定よりかなり早く空港には着いた。(am7:00)重い荷物を引きずりながら空港にはいると、小さな女性が近寄ってきた。まさか、目黒ちゃんに会うとは!そう、彼女は超早い朝にも関わらず僕の見送りに着てくれた。素直に嬉しかった。目黒ちゃんとマクドに行って朝マックした。時間がなくて、逆に悪い事したなって思ったけど凄く嬉しかった。
AM10:00に日本は経ちわずか2時間弱で韓国の仁川空港へ着いた。5年ぶりにこの地を踏み興奮と同時に少し不安もあった。空港からは学校したバスが迎えに来ていて、@っと言う間に寮に着いた。日本からクソ重い荷物を持ってきたせいで、まじ疲れた。寮に着くなり、部屋の鍵を渡され、クソ重い荷物を5階の部屋まで運んだ。寮は1部屋2人で僕の部屋はまだルームメイトがいなかった。荷物を整理し、それから先生と他のメンバーと焼肉を食いに行った。ここで、寮から校門まで歩いてざっと30分。おいおい、そりゃないだろって感じ。みんなだんだんお腹も空き、それに比例してフラストレーションがたまって行きイライラし始めている。そんなわけで、店着いて死ぬほど焼肉をくった。まじまじまじ安すぎる!今回は払ってないけど大体一人3皿くらい食べて千円くらいかな?!キムチとかサイドデッシュはお代わり自由だし。間違いなくこれからご飯に困ることは少なくてもナイト感じた。
とりあえず、留学中は挑戦と努力をすることが大事。日本と切り離し、韓国人ななる。
みんな海外にそろそろ出発するね。この時期にその場所へ行ける事は一生に一度だよね。良く後悔だけはしたくないけど、それを意識するよりもその時その時にベストを尽くせばきっと平気だよね。もうすでに異国での生活を始めてる仲間、これから共に旅立つ仲間、とりあえず歩こう。面白いことはそこらじゅうに転がっているはずだから。
さて②タイトルのViceland。英語を読むことが楽しく感じ、日本と欧米との笑いのツボの違いに興味がある方はcheck it out!
最近は秋の気配を感じる今日この頃。でもまだまだ残暑は続く日本列島。9月も半ばに入り、いよいよ第二の祖国へ旅立ちます。大学に入学し、SAなんて「まだ先だなーっ」て思っていた1年半前。気がつけば、もうそこに迫ってきている。とゆうかもう始まっているのかもしれない。友人たちはもうすでに、日本から世界へと旅立ち、それぞれの国でそれぞれの文化、食、言語、人間たちと触れ合い、多くのことから刺激を得て楽しんでいることだろう。その一方でまだ僕は日本にいる。もう1つのブログで書いた内容と重複するのでここでは書かないけど、この一週間はこれから挑戦する時間が充実したものになるためしっかりと準備している。とは言うものの具体的に勉強しているわけでもないし、その国を調べているわけではないけど、まずは自分を落ち着かせてから行動。2、3日は家でだらだらと久しぶりに過ごしてみた。いよいよ,カウントダウン!
Free bird. http://blog.livedoor.jp/freebirdz/
俺のブログって何を書いてるんだろうって感じだよね、まあコラムっぽいかな。僕の周りのみんなは自分のことや、思っていることを書いているけど、自分には少しそれが出来ないから羨ましく感じたりもする。
てなわけで今回は自分の生活をチラッ見せしながら、生活感ある内容に書き上げたいと思います。
そんな感じで今回はFASTION。誰もが気をくばったり、それぞれの個性が現れる部分じゃないのでしょうか?その為に雑誌を買ってみたり、オシャレって言われてる人を真似てみたり、人を観察してみたりーって日々努力してる部分だと思う。FASTIONに気を使い始めたのはいつなんだろー。僕は小さいころは、お兄ちゃんのお下がりを着せられたり、小学生のころは母親が買った服を着たりと、ドイツのおばさんとか韓国の親戚とかから送られてくる服を着たりとか、とりあえず自己主張はなく、個性的でもなかったけど、かなりオシャレをさせてもらってたなーって幼少の自分を見て思う。自分自身で買ったり、気を使い始めたのは中学生のころかなーっ。中学校は専らB系だったなー(笑)髪もドレッドにしたり、コーンロールにしてみたり。当時は少し悪っぽい奴が持てて、俺も色々と悪いことして親にも迷惑をかけたりしてた時だったなー。そんなヤンチャな中学時代だったけど中学3年の時に受験にぶつかり、更正。結果は合えなく撃沈だったけど、この時から真面目な人間になった。高校入学し、1年過ごしてからすぐさまカナダへ。この時は古着が大好きで、Gパンは30本くらい持ってたし、あとビンテージとかすげぇ集めてたな。カナダでは古着屋でバイトしてて、djのアンドリューと会ったのもここだった。スケボーを教えてもらったり、djのノウハウを教えてくれたのも彼で、スゲェカッコイイ男だった。後に彼が回すクラブで僕も回すようになった。この時は基本は古着だけど、何か1つだけ高いものってゆうかブランド物を取りいれるようになった。そう、記憶の中で最初に買った一番高い買い物はヴィトンのショルダーのカバンだったな。これは留学時代、春休みを利用してアメリカ西海岸を回ったときにLAで$1300くらいで買ったのかな。僕の居たカナダは基本的にFASTIONに気を使う人は少なくて、ショップもロブソン通りという所にチョロチョロあるくらいで、本当にお金持ちが買いにくるだけって感じだった。高校の友達とかもスケーターが多くて、スケーターファッションが主流だったな。カナダで高校を卒業したあと、夏休みを利用してNYへ。NYは友達が住んでいて、友達の家に居候を3ヶ月弱。やっぱりNYは刺激物が多くて、毎日が新鮮だった。ニューヨークは東京とは違うFASTIONがあった。
@言う間の夏休みを過ごして、日本へ帰国。日本の高校に編入し、受験生。見事、志望校のはまた散ったけど、今でもいい選択したと思ってる。
僕の最も尊敬する人間の一人である彼。
これからの話は嘘の様な本当の話である。高校3年生の夏、舞台はNY。そろそろカナダでの留学生活を終え、夏休み友達を追ってNYへと来た。そんな日から早いもので3ヶ月が過ぎ、日本への帰国を3日後に控えた夏の昼下がり。僕は毎日のように行っていたカフェ(本屋とカフェが一緒になっている)、その日も行きコーヒーを飲みながら本を読んでいた。店内はtea timeという事もあり、ビールを飲むものや、音楽を聴きながら勉強している学生、この店自慢のモンブランを求めてやってきた観光客などそれぞれ自分たちの時間を楽しんでいた。そこへ、一人の男が店内へと入ってきた。誰もその男に気を止める様子もなく、僕もそんな人の中の一人だった。しかし、その男が何を隠そうVincent Gallo その人である。え?なぜ彼だとわかったかって?カウンターに座っていた僕の隣座ると、彼に話かけられたからである。嘘のような本当の話、その時僕が呼んでいた本と彼が持っていた本が同じであり、まずは最初に「ニッコリ」と微笑み。そこで僕は「ハァ!」と心の中で叫んだ。ほんの15分という短い時間であったが、緊張で何も覚えていない。今思えば写真をとったり、サインをもらったりすれば良かったと思うけど・・・。
やっぱり彼はとても優しく、気さくなスターでした。
http://page.freett.com/moveonup/discs/08gallo.html昨日から今日にかけて、六本木にある某クラブで最後のイベントを行った。
高校時代にターンテーブル に出会ったあの日から早いもので5年が経った。今では自分の組み合わせる音で何百人が一斉に盛り上がる。そんな快感とも今日で最後である。やめる理由は色々あるけどSAが丁度いい区切りになってくれたから、将来これで自分がやって行くわけではないものだし新しい何かを見つけ出すのには丁度いい時期だと思った。資格の為の勉強もしばしの休憩、とりあえず約4ヶ月のLong Vacationを楽しむことだけに集中する。与えられた環境で0から何か始めてみよう。そう、Let`s Begin now!!
昔から好きな彼、He is just awesome!!
Valentin-Louis-Georges-Eugène-Marcel Proust



