昨日の夕方は
ある税務関連の団体の総会がありました。
終了後、その団体の役員さんと打ち上げということで
20人ぐらいで近くの居酒屋に行きました。
居酒屋のテーブルにつくと
刃物屋さんを営む社長さん(60代後半)と席が隣になりました。
「いや~ しかのはなくん久しぶり」
とビールをつがれました。
その方とお会いするのは実に5年ぶりでした。
その当時
地域のイベントを開催するのに
スポンサーを確保するため
その社長さんと二人で
町中を駆け回ったことがありました。
それからしばらくはお目にかかることがなく、
今日 久しぶりにお顔を拝見できました。
その社長さんは現在
料理人さんが使う包丁や
大工さんが使うのこぎりや
農業の時に使う鍬(くわ)などを販売しています。
刃研ぎなど、これら製品のメンテナンスも行っています。
社長さんのご先祖は
江戸初期ごろから代々伝わる
鍛冶職人だったそうです。
作っていたものはずばり
「日本刀」。
しかし、太平洋戦争終結後、
連合国軍最高司令官総司令部によって
日本刀没収を実施。
当時の社主の方(いまの社長さんのおじいちゃんにあたります)が
没収に応じ、刀剣類をすべて差し出したそうです。
これを機に日本刀の鍛冶業をやめ、小売業として現在に至りますが、
ご先祖様が製作した日本刀
そのほとんどが欧米など外国へ流れていたそうです。
その社長さんは
現在の日本刀の所在元を自分で調べて
がんばって買い戻しました。
すべては見つけることができず、
ほんの一部だそうですが、
その総額実に「新車ポルシェが数台買える」金額とのことです。
ご先祖様の作品を取り戻したということで
その刀を前にして
その社長さんはとても安心していました。
しかし しばらくするうちに
いままでとは別の感情がわきあがったそうです。
この刀は確かにご先祖様が残したもので、
いま自分がここにいるのもご先祖様のおかげだと思う。
でも、刀は言っている。
『平和な世の中のために尽くせ』
と。
確かに現在では美術品としてその価値は計り知れないが、
元はといえば戦(いくさ)のためのものです。
『俺たちなんか集める暇があったら
今の世の中の役に立つことをやれ』
そう刀が語りかけてきたように思えたそうです。
あらためて その社長さんは
ご先祖様に感謝しつつ、
料理人さんのための包丁
山仕事のための鉈(なた)、鋸(のこぎり)
農作業のための鍬(くわ)など
それぞれの人の生活のために使う道具に
かかわっていくことの大事さを知ったということです。
それは苦労して集め戻した
ご先祖様の刀が教えてくれたそうです。
背筋がピンと伸びるような気がしました。