私の中での平たく言う「頭のいい人」とは

話す相手の言語能力や語彙力を、会話中に

察知できる。そして、相手が理解できるよう

な言葉の表現を使う。そのようなコミュニケーション

が出来る人。そして往々にしてそういう人は

感情が安定しているように思う。

稀有な存在であると思うし、私はそういう人と

繋がりたい願望はある。

 

先日、元職場の管理職と話す機会があり

とある話を聞いた。結論から言うと、社員がパート

を言葉で追い込んで泣かせたというものだ。

簡単に言うとパワハラと呼ばれるものかもしれない。

 

社員は監査の準備で気持ちの余裕がない状況であり

自分では頼んであったと思う事を、やっていないかった

パートを責めて泣かせた。パートはバックルームで

こっそり涙していたようだが、別の管理職に見つけられ

直属の上司の耳に入ったという。

 

社員は上司に事の顛末を話したようだけど

自分ができる=他の人も出来る

パートはなかなか仕事を覚えない、何度も同じことを聞く

無駄話が多い。そして最後になぜそんな事も出来ない?

という留めの言葉を出したらしい。

自分の物差しで計っているし、相手がどんな環境で

仕事しているのか、どうやら理解されていない。

 

私はこの社員ともパートとも仕事をしたことがあり

よく知っているのだが、今回ばかりはパートの傷心が

落ち着くといいなと思っている。現在のパートの

状況は、仕事、子育て、家事、そして難関な資格の

勉強を会社から勧められて、職務中も現場の仕事と

並行して行っているのだ。同じ仕事と子育てをする

立場の人間としては、共感しかないし、余裕が無い

状況は察しられる。社員はそれを想像できなかった

のだろう。

 

私はこの社員と同じ感覚で仕事をしていたことがある。

20代半ば頃だが。その時同業の友達に言われた。

あなたは出来るからその思考になるけど、みんな

違うから。つまり価値観を押し付けるなという事だ。

それ以来、仕事に対するスタンスは変わったように

思う。人間はある意味生もので、感情動物で環境の

影響を受けやすい。一緒に仕事する人のパフォーマンス

を上げるには、どんな言葉を使うべきか、そして

大切なのは自分自身が不安定にならないこと。

ある意味、子育てに似ている部分がある。

 

パートが上司に伝えた、私って必要ですか?

という言葉がどうも引っかかってしまっている。

私は無関係だし、口出しできないけど。

でも試験前に少しお話できたらと画策している。