「私」という芸術の研き方

「私」という芸術の研き方

神聖なる性の探求と開花を促すプレジャートイブランドDeep Ocean Plesury オーナーであり、存在美学研究所所長オークリーヒロコのブログ
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書道家の友人の勧めで、最近写経をしている。


私は書道など中学生以来やってないので、Amazonで手に入れたなぞり書きの本を買った。



いくつも種類があった中で選んだのは観世音菩薩普門品、いわゆる観音様のお話。


写経といえば般若心経が一番人気があるけど、私にはなんとなくこれが一番親しみやすそうだった。


▶️写経なぞり書き Amazon



付属の金色のボールペンで書くときもあれば、





一緒に買った筆ペンで書く時もある。



簡単に言うと、どんな困難に遭っても観音の名を唱えて念ずれば、どこにいても誰でも必ず救ってくれるよ、と説いている。



写経をしていると、このお経をインドまでもらいに行った三蔵法師や、それを2000年以上受け継いできた僧侶たちの愛の深さに圧倒され、たびたび涙が滲んで手が止まってしまう。


あなたが誰であろうとどこにいようと必ずその苦しみから救ってくれるよ


ってさ、泣けるよね😭


だって、それが嘘なら2000年も語り継がれないじゃない?



先日天に召されたティクナットハン禅師は、観世音菩薩と呼ばれたアヴァローキテシュバラというお坊さんについて、こう話している。


彼は聞くことのできる人でした。自分の内側にある苦しみに耳を傾けることのできる人でした。そして世界の苦しみに耳を傾けました。


内側にある苦しみの声を聞くと、自分に対して慈悲や思いやり(compassion)が湧いてきます。その心で他人の話を聞けば彼らの苦しみが理解でき、それを取り除くために色々なことをしてあげようと思えます。


自分の苦しみの声を聞き、ただ彼の名前を唱えて心を開けば、苦しみはすぐに癒されます。



あなたの話を全て聞きますよ、という感じのティクナットハン禅師の耳の形が好き🥰




そして、多くの人は自分の苦しみを聞こうとしなさすぎる、とも。


他人を非難したり怒りが収まらないならそれは、自分の苦しみに耳を傾けていないということだ。




シモーヌ恵美子さんが、私の言葉を引用して素敵な記事を書いてくれた。


今までに何度か私のインスタに男性器の写真を送ってくる人がいて、そのたびに、ゲッ!!キモイ🤮最悪💥という反応をしていた。


でも、この前それがあったときは、自然とその人のために祈っている自分がいた。


※だからって送ってこないでね😅



シモーヌさんも最初は怒りや不快感を感じたけれど、私が祈ったという話を聞き、自分の中に残ってる男性への恐れや不信感を受け入れ、認め、ゆるし、愛して癒していく必要があることに気づいたと書かれている。



観世音菩薩のように、どこまでもどこまでも自分の苦しみに耳を傾ける。


慈悲と思いやりが湧き起こり、ハートを満たすまで。



私がいつもと違って自然と祈る気持ちが出てきたのは、写経で観音様に想いを馳せていたからかもしれないね。



私は私の膣で世界の苦しみを受け入れ癒せるひとになりたいな🥰





オークリーヒロコ