筑波宇宙センターに行ってきたけれどロケットや人工衛星という人類最高レベルのテクノロジーを目の前にして対比的にむしろ人間の愚かさが頭の中をよぎって止まらなかった。ロケットも人工衛星も現在兵器として使われていて宇宙空間は既に重要な戦場の一つと化している。

人類のDNAは原始時代とさほど変わらず、原始時代とさほど変わらないDNAを持った人間が高度なテクノロジーを持った結果だと思うのだがどうだろうか?

時代は抑止の段階に入っており、例えば人類は20世紀中盤には既に原子エネルギーを手に入れている。しかし、その使用は制限されており(使い方によっては地球一つ壊すことくらい簡単なのだが)誰もが自由に原子エネルギーを使用することは許されない。ロケットもしかり、人工衛星もしかりだ。

2019年現在国家レベルの組織がロケットや人工衛星を製造し打ち上げることは簡単なのだがその打ち上げは純粋に技術的なものとは異なる基準により制限されている。ロケットは未だに重要な兵器の一つだし、多くの国では国家存続の為の戦略兵器と位置づけ開発を続けその数を増やし続けている。

しかし、僕は決してそれを悲観しているわけではない。「制限」こそが人類が20世紀の悲惨な戦争の歴史から学習した最たるものなのではないだろうか?とにかく、20世紀前半はまさかの戦争の世紀でかつてなく多くの血が流れ無名の兵士達が何の英雄主義もなくロマンティシズムもなく泥人形のようにバタバタ倒れ文明の谷間でテクノロジーに囲まれながら悲惨な最期を迎えたわけだけれどそれでも現在の世界は20世紀以前に比べ多くの面で遥かにグレードアップされているではないか。もちろん、全ての人間にその恩恵が行き届いているわけではなくむしろテクノロジーにより物質的にも精神的にも貧しくなり、自由を奪われ、人間としての尊厳を奪われている人々が多くいるのもまた事実ではあるが。

しかし、私達はかつてない学びの蓄積を持っているというのも事実である。学びの蓄積とはデータの蓄積のことである。このデータの蓄積がありテクノロジーの進化、地球人口と各国の人口とその分布の変化、社会的構造の変化がある限り歴史は繰り返さないというのが僕の持論である。条件が異なれば同じ歴史が繰り返されるなどということがあるわけがないと思うのだがどうだろうか?

この先どのようになるかそれは近年さらに予測困難になっているけれど僕は決して20世紀の悲劇が繰り返されることはないと思う。

9.8.2019