妹の熱烈なおすすめのもと、Q10、見てみた。
「Q10は、深いよ」と
いくら言われても全然信じてなかったんだけどね。
あっちゃんのあのロボットしゃべりがすごく耳について、
あまり見る気になれなかったし。
まぁ、そんなに言うなら、と さほど期待もせずに見てみた
そしたら ふっつーに 感動してしまった。
妹曰く、今回のは全然ダメ、だそうでw
”いつもはもっと深くて良い” らしいんだが。
それでも最近のドラマの中でも、すごく自分が共感できる言葉が多かったのです、よ
たけるんが言ってたセリフで、
「人は死ぬのに、なぜ生まれるのだろう、なぜ生死を繰り返すのだろう。
それは、次の”こんにちは”と”おかえり” の場所を、作るためだ」
みたいなのがあって。
あたしはここ数年、夜寝る前に考え事をする度、毎回毎回そのことに考えが行き着いて、
どんづまって、叫びだしたくなって、死ぬのが本当に怖くなったりしてたんだけどね。
・・・暗い学生すぎる(笑)
でも、たけるんのその答えじゃ、やっぱりちゃんとした答えにならない気がするのよね。
次生まれてくる命に、こんにちは、おかえり、と言うため。その場所を作るため。
一見よさげな解答に思えるけど、あたしはそうじゃないと思う
次の世代に意味を求めるんじゃなく、"今のこの一生"に意味があると信じたいよね。
それとも、次の世代のために生きてる、とか
私が今、生きてるってことは 前から受け継がれてきたものを、後につなげてる役割を持つんだ、とか
そういう関わりを信じることによって、今生きていることに意味を見出そうとしないと、やっていけないのかな。
そもそもなんでこんなこと考えるんだろ自分 っとか思うしね。
自分に意識がなんで与えられたのかって考えると、どうしても不思議になってしまう。
なんにも考えずに ただただ働いて、一生を終えるっていう
ようは、「考える葦」じゃなく、
「考えない葦」 として、なんで人間は生まれてこなかったんだろうか。
考える って力を持つことによって、
欲望 とか、 妬み とか、 好き 嫌い とか、 生まれてきた意味 とか、
人間はつまらないことばかり考える「葦」になってしまったんじゃないか
そして自分の想定外だったり、考えが及ぶわけもない遠い遠いものごとに対して恐怖を抱いたりもするわけだ
非常にめんどくさいじゃない。
しょうもないかもしれないじゃない。
ってゆうか、考えても考えても仕方ないなら 考える意味が無いじゃない。
でも、それでも人間に 考える という力が与えられたのは
とにかくその力を使え! という、神様からのメッセージなんじゃないかと思う
なんで生まれてなんで死んで、なんでそれを繰り返すのか って
それを考えて考えて考えて考え・・・その答えを見つけるために生きてるんじゃなかろうか。
死ぬのが怖い、とオトナに言うと
ある人は
死ぬのが人生の休養だと思えば、眠るようだから怖くはないんじゃない?
といい、
そしてある人は
みんな死ぬんだから、自分も死ぬのは仕方ない、当たり前だから怖くない
という。
ただ、
「もうたくさんの大切な人が亡くなってしまったから、もう向こうへ行っても何も思い残すことはない」
と言った人の言葉をふと思い出して、
これが今一番自分を納得させるに近い答えな気がした。
今は、自分の周りにたくさんの大切な人がいる、
今死んだらこの人達を失うことになるし、私も誰も失いたくないと思う
こんなに大切な人がいるから、こんなにいっぱい未練にまみれているから、
だから「死」が異常に怖いんだと思う。
そのうち、この世に未練を残すことがどんどん少なくなっていくんだろうね
そしたらパッと、生きることを手放すことが怖くなくなるんだと思う。
「生きてる!」「死んでる!」
Q10は生簀の中の魚と、日干しにされた魚を指さして、屈託なく叫んでたけど
ほんとに、生きてることと死んでることは、すぐ隣合わせに、あたしたちの生活の中に混在してて
それでも「死ぬこと」の方には、みんななるべく目をむけず、見えないふりをして生きてるんじゃないかなぁ。
でも、夜寝る前に、暗い部屋の中で、半ば強迫観念のように毎日毎日死についてかんがえてると、
何日考えてもぜんっぜん答えはでないのに、むしろわけわかんなくなってく一方なのに、逆に、
いつかこれに答えがでるはずだ、
って妙な自信が湧いてくる
だから、最近ちょっとダメダメだったけど、なんとなく、持ちこたえそうです。
みんなは、なんで人は生きてると思いますか?
「Q10は、深いよ」と
いくら言われても全然信じてなかったんだけどね。
あっちゃんのあのロボットしゃべりがすごく耳について、
あまり見る気になれなかったし。
まぁ、そんなに言うなら、と さほど期待もせずに見てみた
そしたら ふっつーに 感動してしまった。
妹曰く、今回のは全然ダメ、だそうでw
”いつもはもっと深くて良い” らしいんだが。
それでも最近のドラマの中でも、すごく自分が共感できる言葉が多かったのです、よ
たけるんが言ってたセリフで、
「人は死ぬのに、なぜ生まれるのだろう、なぜ生死を繰り返すのだろう。
それは、次の”こんにちは”と”おかえり” の場所を、作るためだ」
みたいなのがあって。
あたしはここ数年、夜寝る前に考え事をする度、毎回毎回そのことに考えが行き着いて、
どんづまって、叫びだしたくなって、死ぬのが本当に怖くなったりしてたんだけどね。
・・・暗い学生すぎる(笑)
でも、たけるんのその答えじゃ、やっぱりちゃんとした答えにならない気がするのよね。
次生まれてくる命に、こんにちは、おかえり、と言うため。その場所を作るため。
一見よさげな解答に思えるけど、あたしはそうじゃないと思う
次の世代に意味を求めるんじゃなく、"今のこの一生"に意味があると信じたいよね。
それとも、次の世代のために生きてる、とか
私が今、生きてるってことは 前から受け継がれてきたものを、後につなげてる役割を持つんだ、とか
そういう関わりを信じることによって、今生きていることに意味を見出そうとしないと、やっていけないのかな。
そもそもなんでこんなこと考えるんだろ自分 っとか思うしね。
自分に意識がなんで与えられたのかって考えると、どうしても不思議になってしまう。
なんにも考えずに ただただ働いて、一生を終えるっていう
ようは、「考える葦」じゃなく、
「考えない葦」 として、なんで人間は生まれてこなかったんだろうか。
考える って力を持つことによって、
欲望 とか、 妬み とか、 好き 嫌い とか、 生まれてきた意味 とか、
人間はつまらないことばかり考える「葦」になってしまったんじゃないか
そして自分の想定外だったり、考えが及ぶわけもない遠い遠いものごとに対して恐怖を抱いたりもするわけだ
非常にめんどくさいじゃない。
しょうもないかもしれないじゃない。
ってゆうか、考えても考えても仕方ないなら 考える意味が無いじゃない。
でも、それでも人間に 考える という力が与えられたのは
とにかくその力を使え! という、神様からのメッセージなんじゃないかと思う
なんで生まれてなんで死んで、なんでそれを繰り返すのか って
それを考えて考えて考えて考え・・・その答えを見つけるために生きてるんじゃなかろうか。
死ぬのが怖い、とオトナに言うと
ある人は
死ぬのが人生の休養だと思えば、眠るようだから怖くはないんじゃない?
といい、
そしてある人は
みんな死ぬんだから、自分も死ぬのは仕方ない、当たり前だから怖くない
という。
ただ、
「もうたくさんの大切な人が亡くなってしまったから、もう向こうへ行っても何も思い残すことはない」
と言った人の言葉をふと思い出して、
これが今一番自分を納得させるに近い答えな気がした。
今は、自分の周りにたくさんの大切な人がいる、
今死んだらこの人達を失うことになるし、私も誰も失いたくないと思う
こんなに大切な人がいるから、こんなにいっぱい未練にまみれているから、
だから「死」が異常に怖いんだと思う。
そのうち、この世に未練を残すことがどんどん少なくなっていくんだろうね
そしたらパッと、生きることを手放すことが怖くなくなるんだと思う。
「生きてる!」「死んでる!」
Q10は生簀の中の魚と、日干しにされた魚を指さして、屈託なく叫んでたけど
ほんとに、生きてることと死んでることは、すぐ隣合わせに、あたしたちの生活の中に混在してて
それでも「死ぬこと」の方には、みんななるべく目をむけず、見えないふりをして生きてるんじゃないかなぁ。
でも、夜寝る前に、暗い部屋の中で、半ば強迫観念のように毎日毎日死についてかんがえてると、
何日考えてもぜんっぜん答えはでないのに、むしろわけわかんなくなってく一方なのに、逆に、
いつかこれに答えがでるはずだ、
って妙な自信が湧いてくる
だから、最近ちょっとダメダメだったけど、なんとなく、持ちこたえそうです。
みんなは、なんで人は生きてると思いますか?