他人に評価されたいとか、

認めて欲しいわけじゃ無い。


自分が
自分を誇れること
が重要。

だけど、それには、
他人に
正しく認めてもらわなければならない、


ジレンマ。




そこまで言われるなら、
父のことも完全に半分背負ってもらって、
母の時の負担も返してもらえ!

そこまで肩入れして
言ってくれる人もいるけど、



そういう事にしたくないから、



稼ぎの少ない男に嫁いで扶養内でパート、
朝も起こさないと大学にも通えない
子供を抱えて、
車で1時間の遠い場所から
わざわざ来るのに、




って話を飲み込んで
頑張ってきたつもりだったから。





それを
『自己責任』
『誰も頼んでない』
『母の弔いも無意味』
『嫁に行ったら免責、
なぜならもう家族じゃないから』
『大変なら家を出て野垂れ死にさせろ』
『法的に縁を切るぞ』

だと、




腹が立つとか通り越して、

なんで?

って思いしかなくて。

自分の価値とか見失う。







ここから、どうしていくか。

自分を
傷つけ苦しめる人間に
関わらない事

が、まず最初の一歩。

覚悟しなきゃ。



みんな、
同じような経験をされてる人が多い。

残念だけど。





少なくとも仲間や御手本はある。






親を送るって、
もっと
穏やかで
家族が皆で乗り越えて送り出す、

大切な最期のイベント

だと思ってきたから、

予想外だっただけ。






去っていく親に、

出来るだけ多く長い時間共にしたい。

去った親を弔いたい。




そう思わない人が居ることに、
覚悟がなかった。


まして血縁者、実の親子で。



それが私の甘かった所。





人の病気や生死って、
綺麗事だけで済むわけがない。

それを
表面だけでも綺麗に設えたい。


それは無理な話だった。







『やってきた人は解る、

やってきた人にしか解らない』




これは、母も言ってた。




家に居たいけれど、
自分は介護経験があるから、
あんな思いを娘にさせたくない。

泣きながら言ってた。





本当だったわ。






親と暮らすことくらい
なんでもない。

まして、母は、
実の親の死に目にも会えなくても
嫁入り先の親も祖父母もみてきたでしょ。

家に生活できる間は、
一緒に何とか生活しようよ。
って



たぶん、そういうことだけじゃない。

母には邪魔をする義理の兄弟姉妹は無かったし

実の弟が親を看取った後、
引っ越してきて、
義理の親の介護を手伝ってくれて。


そういう人が居ないと、
成り立たないってことだったんだ。


少なくとも血を分けた兄弟は、
姉のために助けに来る。
それを当たり前でやれる。

そんな人に恵まれてないと、
成り立たないって意味だったんだ。

だから、あんなに泣いてたんだね。

私には出来ないの、
分かってたからなんだね。







やった人にしか発言権のないことって、

あるわ。



まさかこんなだと思ってなかったもの。