304号室、墓地と桜
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ああ胃が痛い。きりきりと、痛む。
考えはじめるといつもこうだ。胃や胸が痛み始める。
体が悲鳴を上げているというのはわかるのだが、だからどうすればいいかと訊かれるとわからない。むしろこちらが訊きたいくらいである。
人生なる長すぎる代物について、自分という不確かなものについて、皆はいったいどのように考えているんだろうか。
考え始めると頭がおかしくなりそうだ。
ああ。
今日もパニックの発作が起きてしまった。
ただひたすら頭を自分自身の拳で殴り続ける。壁に叩き付ける。
そういった時間が今日もまた起きてしまったようだ。
剃刀に手を伸ばさなかったことだけでも褒めて頂きたいものだ。

こうして文章に起こすことで、僕は僕自身を痛めつけ、同時に癒す。
304号室、そこは自意識の墓場。
とある田舎の襤褸アパートの一室。
足の踏み場もないほどの荒れた部屋。
確かに、そこで壊れる音がした。
彼女との最後の思い出が。

不思議と、全くと言っていい程悲しいと思えなかった。
その事実が少しだけ哀しかった、ただそれだけ。
穴を掘ってくれ。

そう言われたぼくは、黙々と穴を掘る。決して休むことは許されない。
休んでしまえと何度思ったろう、その度に鋭い眼光が光り、背中に鈍い痛みが走る。
空腹で倒れそうだった。最後におにぎりだけの簡単な食事をしてから何時間が経ったのか、全く分からない。もしかしたら何分の単位なのかもしれない。時間の感覚が全くないのだ。景色はずっと変わらない。ずっと空はどんよりとした雲に覆われている。大地には一本の大木があり、ひたすら茶色い地面が広がっている。その周りをひたすら掘り続ける。
考えてはいけない。手を止めてはいけない。掘り続けなければ。
でも。
どうしてこんなことに?





いいことなんか何もありやしない。
今日もまた失敗続きの人生だ。
煙草をふかしながら、今日一日をどうしてやり過ごすか、考える。
煙草さえやめられれば、もう少し生活が楽になるのかもしれない。
しかし、何度やめようとしても無理だった。
手が震え、何も手につかなくなる。
しかし今日は本当に金がない。
煙草は早々に燃え尽きてしまった。最後の一本だった。
Trrrr...





穴はどんどん深くなるが、まだまだ作業は終わらない。
もう何度も息をつき、その度に後ろから背中を蹴られる。
後ろを振り向いても誰もいないはずなのに、どうして。
ズシャッ、ズシャッ、スコップで地面を掘り進める音だけが響く。
次第に石が混じり、土が固くなってくる。
ペースが落ちてきてしまった。何度か背中に強烈な蹴りが入る。
もはや立っているだけでも激痛が走る。もう折れているのかもしれない。いや、とっくに折れているだろう。痛みで目が滲んだ。気が狂ってしまいそうだ。
木の根はまだまだ伸びている。恐ろしいまでの生命力だ。
そして、ぼくの生命はもう悲鳴を上げ続けている。
もう腕が上がらない。無理だ。後ろから、予定通り蹴り飛ばされる。
立ち上がれない。意識すら薄れているようだ。全身が痺れるような錯覚。
不意に痛みが消えた。そしてその時、僕は諦めた。生きることを諦めた。
だけど、そもそも僕は生きていたのか?

次に痛みを感じた瞬間、僕の意識は弾け飛んだ。





「はい、佐藤です。…田中くん!元気だった?」
旧友から。
「へえ!結婚するんだ!式はいつ?」
何もなくなった俺に。
「もちろんだよ、絶対行くから!奥さん美人?」
全てを持った人間が。
涙が溢れてきた。
どうして俺が。どうしてアイツが。どうして。どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてなんでなんでなんでなんで死ね死んでしまえ何もかも消えてなくなってしまえ憎い憎い憎い

"""佐藤くん?おーい、どうしたー??"""





荒野の中に、一際咲き誇る桜の大木。
その花弁は、恐怖を覚えるほど真っ赤に、今日も咲き誇る。
もはやあの名文を引用するまでもないだろうが、引用して締めるのが一番綺麗だろう。

櫻の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
2075年、荒廃した地球と、そこに取り残されたぼくと。
どうすればいいのだろう。
誰もいない。ただ荒涼としていて。
死の街。
そんな言葉が適切なような。
ただ右手にはナイフを握りしめていた。
何も覚えていないけど。
なぜかそのナイフだけは、懐かしかった。

そのナイフに名前を付けようと、頭の中にある固有名詞を探す。
ぼくとそれを結び付ける固有名詞。
何もかもが消えてしまったけれど。
それをただ探す、探す。
何もない世界に唯一残った、圧倒的なまでの暴力。
それがこの刃。

さんざん迷って、僕はこのナイフを、『イノチ』と名付ける。
命を狩るための、時に人をも傷つけるこのナイフ。
でも、この世界では、傷つけるべきものはいない。
こいつは、ぼくの相棒だ。
ぼくの命が果てるとき、またこいつも荒れ果てた土に還るだろう。

それまでは、一緒にいてくれよな。