賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ
以前よりこの言葉の意味が分からず、理論よりも経験の方がよっぽど大事ではないか、と思っていた。
最近思うのは、最大多数の幸福について。
全体的視野を持ってこの言葉の意味を考えると納得がいく。
いくら個人にとって経験が大切だろうと、最大多数の幸福、社会の幸福に繋がるとは限らない(尤も最大多数の幸福は社会の幸福と完全にイコールだとは限らないが…)。
人々の行動、つまり経験が歴史を作る。
とすれば、誰もが経験以前に歴史を学んでいれば、最善の選択しかしないようになり、結果、最善の歴史が作られていく、という訳だ。
ここでいう歴史の勉強とは、もちろん勝者によって常に上書きされる教科書や歴史書を読むだけのことではない。
様々な考えに触れ、事実をできるだけ目にし、物事を様々な角度から検証し、自分の信念によって判断すること。
コピーアンドペーストや安易な共感ではなく、己の頭で考えること。
哲学、法学、科学、数学、芸術…
あらゆる分野において。
知識がなければ考えることすらできない。
きっと冒頭の言葉を考えた人は、そのようなことが言いたかったのだと思う。
もっとも許されないのは、声の大きな者が根拠のない妄言を撒き散らすこと。
もっとも大切なのは、周囲に惑わされない判断基準を自分の中にもち、行動すること。
信念を時に疑うことも必要だ。
盲信は即ち思考停止。
それから、信念に反しても、常に最良の選択をする勇気。
そんな勇気のある人に、私はなりたい。
そしてそのような人が増えたら、世の中はより多くの人にとって良いものになるはずだ。