このまえ道を歩いてたら、知らん人に足を踏まれました。
その人は「やらかしてしまった!」と言っていましたが、僕は「問題ないですよ」と答えておきましたよ!


その昔、とある民族が故郷を追われて逃げる道中で二手に分かれました。
というのも、別れ道があってどちらに逃げるかで意見が二分したから。

ひとつは、右に進めば湖がある。
もうひとつは、左に進めば森がある。

当然、追手も二手に分かれて追いかけてきます。


結果、一方は生き残り、もう一方は殺されてしまいました。


殺された中には、どっちに行けばいいのか分からないけど説得されてついていった人もいたそうです。

生き残った方は、逃げきるまでずっと、どう進むかについて喧嘩していたそうです。


あ、作り話ですよ!

賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ

以前よりこの言葉の意味が分からず、理論よりも経験の方がよっぽど大事ではないか、と思っていた。



最近思うのは、最大多数の幸福について。
全体的視野を持ってこの言葉の意味を考えると納得がいく。
いくら個人にとって経験が大切だろうと、最大多数の幸福、社会の幸福に繋がるとは限らない(尤も最大多数の幸福は社会の幸福と完全にイコールだとは限らないが…)。

人々の行動、つまり経験が歴史を作る。
とすれば、誰もが経験以前に歴史を学んでいれば、最善の選択しかしないようになり、結果、最善の歴史が作られていく、という訳だ。

ここでいう歴史の勉強とは、もちろん勝者によって常に上書きされる教科書や歴史書を読むだけのことではない。
様々な考えに触れ、事実をできるだけ目にし、物事を様々な角度から検証し、自分の信念によって判断すること。
コピーアンドペーストや安易な共感ではなく、己の頭で考えること。
哲学、法学、科学、数学、芸術…
あらゆる分野において。

知識がなければ考えることすらできない。

きっと冒頭の言葉を考えた人は、そのようなことが言いたかったのだと思う。

もっとも許されないのは、声の大きな者が根拠のない妄言を撒き散らすこと。
もっとも大切なのは、周囲に惑わされない判断基準を自分の中にもち、行動すること。

信念を時に疑うことも必要だ。
盲信は即ち思考停止。
それから、信念に反しても、常に最良の選択をする勇気。

そんな勇気のある人に、私はなりたい。

そしてそのような人が増えたら、世の中はより多くの人にとって良いものになるはずだ。
最近iPhoneがやたらフリーズするので、メモリ解放アプリっていうのをインストールしたのです。

メモリ解放アプリって何なのかというと、コンピュータも人間と同じように色んな作業してるとだんだんテンパってくるので、いらんことはもう忘れていいよ!頭スッキリしましょうね!って、いらん処理を取り除いてくれるんです。

その結果、頭スッキリしたから今の作業に集中出来て捗るぜ~!って状態にしてくれるという仕組みです。

Macではけっこう一般的なんですが、ふとiPhoneにもメモリ解放アプリあるんかな?って調べたら、ありました。

その名も「サクサクあいぽん」!
処理中のアニメーションがシュールでちょっと恥ずかしいけどサクサクになる気がする。

良いですね!
自分の頭の中もこんな風に出来たら色んなことを早く進められるようになるやろなー…
噂では瞑想がそれにあたるらしい。

頭の良い人はもともと分かってるんやろうし本来は順番が逆なんやろうけど、テクノロジーからアナログへ考え方を還元出来るも多い!ってことで!