「はぁ・・・はぁ・・・・・」
男は逃げていた。男のいる館内にはサイレンの音が鳴り響いており、騒々しさを安易に分からせた。
「僕は・・・・!僕は一体・・・・!」
逃げなきゃ!逃げなきゃ!男の本能が叫ぶ。自身の力を自覚した時、偶然いた2人と共にこの建物を逃げようと画策し、実行していた。
なんとか逃げ切れただろうか。早く外で合流しないと。
息が切れてきた。そして男の手は人の手では無かった。徐々に変わって行く右手。綺麗な五本指は1本の大きく鋭い「モノ」へと変わっていく。
男は振り返る。
警備兵がライフルを持ち、こちらに構える。銃弾が放たれれば俺は死ぬ。
死にたくない。その一心であった。
「俺は一体どうなっちまうんだあああああああああああああああ!!」
男は絶叫と共に、自身の身体が全く別の「モノ」へと変わっていくのがわかった。
半年後。
その後の事はよく覚えている。その建物を抜け出し、2人と合流していた。そのまま着の身着のまま脱出し、都会に出、振り切ったのだ。
「おいおい、雅~まだ終わらねえのかぁ?」
僕が共同のシェアハウスで荷造りの作業をしていると頭に変な趣味の帽子を被った男が話しかけてきた。
「ああ。ごめんね。すぐ片付けるからさ。」
話しかけてきた男の名は三河恭一郎。あの日、共に逃げた2人の内の1人だ。性格は大雑把で荒い。細かい事を気にしない、気にしなさすぎるのだ。
「君はもういいのかい?」
僕は荷造りのダンボールにガムテープをし、動作の完了を示す。
「俺は持っていくもの特にないし。せいぜいシャンプーとか?」
恭一郎はその気楽な性格から明日でこの部屋ともおさらばだというのに荷造りの1つもしていなかった。
「そのシャンプーだって僕たちと共用だし、君の持ち物、僕のダンボールに入ってるし・・・・・」
「あ~あ~細かい事は気にしないの。」
恭一郎は僕の肩をトントンと叩く。「よろしくね。」の合図だ。
「君という男は・・・・・・・」
僕はため息をついて渋々作業を進める。
「そういえば花音ちゃんは?」
僕はあの日、もう1人逃げてきた少女、三上花音の心配をした。
「ああ、あいつは今引越し先で渡すもんとかそういうの?買ってきてるよ。」
恭一郎は鼻くそをほじりながらめんどくさそうに答える。
「気配りできて優しくて・・・・まるで君とは大違いだ。」
僕はクスリと笑い、恭一郎はムッとする。
「あのね~俺はね、男なの。由緒正しい日本男児。分かる?」
「はいはい。そんなんだからカッコを少し頑張ってもモテないんだよ?」
僕の一言がよほど聞いたのか
「うるせえよ!コンビニ行ってくる!」
恭一郎はそれだけ言い残し、虫の居所が悪くなったのだろう。外へ出て行った。
僕たちはあの日以来、あの組織から追われる身となった。僕たちは組織からの執拗な攻撃にも耐えつつ、場所を転々としつつ、生活している。
この場所がバレるのも時間の問題だろう。だから今のうちに移動しておく。それが得策であった。
あの日の事を少し思い返す。激動の1日だった。
あの日はまだ寒い1日であった。僕はその日は本職のエンジニアの仕事は休みだったため、街を散歩し、近くの駅に到着。そのままぶらり途中下車の旅のように1日を有意義に過ごすつもりであった。
なんとなく電車に飛び乗り、なんとなく降りる。ぶらりとするのが趣味であり、それを実行していただけだったのだ。
ふと公園に寄り、自販機で缶ジュースを買ってゆっくりしていると突如として身体が異変し始めた。
僕もその時は事態を把握できずにいた。
缶ジュースを持っていた右腕が綺麗な5本指から剣状のモノへと形を変えていき、ジュースは地面に落ち、ジュースの色が地面を汚していく。
「何が・・・・?」
僕は意味がわからなかった。そしてもう片方の腕も変わっていく。
剣に対比されるように丸い盾のような形へと変わっていく。
「う、うわあああああああああああああああああああ!!!!」
僕はその場を逃げ出した。逃げて、逃げて、逃げていく。脚もまた、形を変えていく。
2本の脚が腰からまた2本生えて計4本の脚へと変化していく。
「な、なんで・・・・・・!」
そして顔も人間の顔ではなく、何かクリーチャーのようなものへと変わっていくのがわかった。変わったのがわかっただけで、どのような顔なのかは分からない。
そして胴体も・・・・・・。
走り回って、走り回って・・・・・。そして写真に収められ、SNSに拡散もされたようであった。
そこまでだった。記憶がきちんと覚えていたのは。
目が覚めれば謎の怪しい場所にいた。どこかの建物にいることだけはわかったが、それだけでここがどこかはわからなかった。
辺りを見渡す。机も椅子もない。明かりだけ付いた部屋だ。とりあえず立ち上がる。警戒心
ガチャ。
どこかのドア、もしくは窓が開いた音だ。
「おう、目ぇ覚めたか~」
声がする。後ろからだ。振り向く。
「そう怖い顔しなさんな。向こう行きゃ食い放題だぜ。結構いけるぞ。」
そう一方的に話してきた男は少し細身でロン毛で、なんというかいかにも音楽でもやってそうな、そんな感じがした。サングラスがよりそれらしさを演出していた。
「あんたは・・・?」
僕はごく普通の疑問をぶつける。
「あのなぁ・・・・。人に名前尋ねるときのルール知ってるか?」
サングラスの男は頭をポリポリしながら話してくる。無礼を先にしていたのはどちらなのだろうか。
「先に名乗れってことか。僕は田沼。田沼光一。」
僕は警戒心はありながらも自己紹介をする。少しスパイスの効いたドラマやアニメなら偽名を使うのだろうがそんな危機感までは持てなかった。
「そういうことだ。ちなみに俺はジョニー。ジョニー・マクール。」
は?僕は開いた口が塞がらなかった。顔はどうあがいても日本人だ。肌も黄色人種で目も黒い。
「そんな馬鹿な・・・」
少しだけ笑いがでそうになった。冗談にしては下手すぎる。今まで張り詰めていた緊張感をほぐすように笑顔が出てしまった。
「ば、馬鹿じゃねえよ。ホントだよ。芸名だけどな。」
男は僕が困ったのを見て少し向こうも困ったのだろう。少しだけ照れたような顔を見せた。
「芸名だ!芸名!恥ずかしいな!説明させるなよ!」
「芸名かぁ。」
なんだか彼からは嫌な人間の感覚はしなかった。かなり雑な部分はあるが悪い人ではないと思えた。
「とりあえずここは一体どこなんだい?」
「俺もよく知らん。とりあえず化け物の集まりだって事は確かだな。」
「化け物・・・・?」
僕は困惑する。
「外とか見たりするとさ、こう、化け物がいるわけ。お前だってそうだろう?俺だってそうだもん。なんか、ふん!と力いれるとよ、身体が全くちがうもんになるんだよなぁ~おもしれえよ。」
彼の言葉に様々な思いが立ってきた。
「化け物・・・?君はあの力を化け物だっていうのか!」
僕の口調が自然と変わっていた。
「おいおい、いきなりどうした?」
「僕は!化け物じゃない!」
語気が強くなる。
「お前なぁ・・・・。どっからどうみても俺たちゃ怪物だ。お前だって化け物になったからここにきてるんだろ?」
「だけど!」
僕が言い返そうとする。
「まあいいじゃねえか。怪物の人生なんてなかなかないぜ?」
彼のそんなお気楽な発言が僕をよりイライラさせた。
「君は!僕の何が分かる!」
ふと体に力が入る。
その瞬間であった。
体に紋章が浮かび上がり、体が変わっていくのが分かる。
「あー、言わんこっちゃ・・・。」
彼もまた体に紋章を浮かび上がらせて体を変えていく。僕に合わせて臨戦態勢
僕がケンタウロスだとするならば目の前の彼は手足のあるサソリ・・・・・。そんな風に思えた。
「この、この姿の何が化け物じゃないと!化け物じゃないか!僕たちは!」
僕はこの言葉で怒りに震えていた。自分がなりたくてなったわけではない。ただただなって、自己嫌悪に陥っている。僕は普通の人間であった。
「やめた。」
彼は怪物の姿を辞め、人間の姿へ戻っていく。
「お前の事、何もわかんねえけどさ、俺も辛いんだ。お前と同じようにな。」
「き、君も・・・・・?」
僕は緊張が解けていくのか、人間の姿に戻っていくのがわかった。
「お、戻ったじゃねえか。」
彼は笑う。この笑顔がなんなのかはわからなかったが、悪い笑顔ではない事はわかった。それに誘われるように少しだけこちらも笑ってしまった。
「やっぱ俺は人を笑顔にする才能あんだな。さすが俺。」
いきなり自画自賛し始める。この感覚もまた分からない部分があった。
「じゃ、この気持ちをラップに・・・・・。」
「ラ、ラップ?」
僕はいきなりの言葉に彼の言葉を疑った。
「あ、俺ラッパーなんだわ。芸能人だって言ったじゃん?」
かなり強引な説明だが、それも彼のよさなのだろう。
「じゃ、聞かせてもらおうかな・・・・?」
僕は戸惑いながらも彼のラップを聞いてみる事にした。
まだ僕たちは知らなかった。このあとあのような事が待ち受けていようとは。