映画「苦役列車」を見た。
森山未來の演技、北町貫太の生き方に悶絶させられながら約二時間液晶モニターを煙草を吸い続けながら見つめていた。
私は自分の中に自分たらしめるものがあるとかおもっていたのだけれど、その考えに疑問を持った、なぜなら北町貫太にはそれが無かった、何も無かった。
しかしながら、それが彼を彼自身たらしめるものだとラストシーンで気づかされたような気がする。
彼は自身の生き方を変えられず、人と接すれば接するほど自身を傷つけてしまう程の馬鹿であるが、それゆえに曲がりはしたが折れることなくあのラストにたどり着けたのではないのだろうかと思う、あのシーンを見て私は私を私たらしめる何かがあるのかと考えてしまった、いや、むしろ考えることができた。
私はいわゆる器用貧乏というかそれ以下の中途半端な人間だと自身のことを考えるときがよくある、そして現状に甘んじて何か自分を変えてくれるような人物や事件を待っていたような気がする(思うとか気がするばかりでゴメン)
北町貫太も何かを待っている人間のように見えたが、彼は彼の生き方をもってして、少しづつ自分に変化を持たらしていたのかもしれない、どうしようもなくクズだけどなんにも無いばかりで嫌にもなるけれど、彼には本があった、そして、なんにも無い、があった。
と、まぁこんな感じで物思いにふけっていて、自分にもなにかアイデンティティーというか何か自分らしく何かを成せるパーツが本当にあるのかと考えてしまっていたわけである。
今後新しい職に就いたり、上京目指していろんなことをしていく上で自分を自分たらしめられるように日々を生きていきたいと思う映画でした(批評みたいになってしまった)
あ、今日バイト辞めるって言うの忘れてた
とりあえず寝よっと。