遠回しに自信を奪う人っています。
たとえば、わたしが頑張って手にしたいと言ったものを、自分は頑張らなくても与えられたよと言ったり。
わたしが失敗したことを、自分は失敗していないよと言ったり。
のけぞって自画自賛している感じです。
人から必要とされていないとか、過去の失敗とか、わたしはそういうところに焦点をあててはいなかったのに。
わたしは、その至らないところを意識していなかったのに、
そういう言い方をされると意識してしまいます。
頑張りたい気持ちがあっても鈍ってきます。
遠回しに足を引っ張られている感じです。
その人には悪気はないかもしれませんが、
想像力が欠如しているような気がします。
そこまでわたしに影響を与えると思っていないか、与えると分かっていたとしても自分の問題じゃないから言いっ放しなのかもしれません。
わたしの世界を否定して壊して自分の世界にしたいのかもしれません。
わたしの過剰反応かもしれませんが・・・。
わたしから自信を奪う人と、そうではない人がいます。
なぜ自信を奪おうとするのか?というとズバリ、
他人の不幸は蜜の味だからではないかと思います。
自分が大して幸せではないから他人の不幸が蜜の味になってしまっている人が、けっこう多い気がします。
劣っている自分より劣っている人と比べることでしか幸せになれない残念な人たちだと思います。
わたしがないものねだりをしても仕方がないのであるものを数えて自信を持とうとすると、それも否定してきたりします。
自信を持たせないようにしたいのだと思います。
心なく扱うのは、存在を舐めているだけか、もっと舐めたらつまらない人だと思っているだけかかもしれません。
わたしのことをつまらない人だと思わされてもいます。
わたしにとって友達=寂しく不安にしない人だと思います。
そんな人いないよ!と思うかもしれませんが。
あまりにも寂しく不安な時間が長かったから、そう思えるのかもしれません。
かといって、じゃあ学生時代でも「友達」がいた頃はどうだったか?生活に満足できていたのか?と思い返してみると、そうでもなかったと思います。
わたしには、毎日のように専属のファッションアドバイザーがついているわけではありません。
友達がいればわたしにとって良いファッションアドバイスがもらえるかというと、そうとは限りません。
それは友達がいた頃に経験ずみです。
自分で考えてやって失敗することもありますが、
ファッションに失敗したぐらいで離れていくのは本物の友達ではないのでは?と思います。
何か言ってくるわけではないけれど、
ただメールの返信をしない人もいます。
返信がないということは何も言わなくても興味がないか、もうこれ以上関われない関わりたくないということだと思いますが。
そうだとしても、ハッキリなぜなのか何を考えているのか分からず、こちらは色々悪いほうへ想像を膨らませて不安になります。
それで、もうこれ以上考えても仕方がないと思ったら考えるのをやめてしまいます。
あと、「〜だけど」「〜でも」という言い方をしてくるのも腑に落ちません。
「アラフォーやアラフィフでも」とか「ママでも」とか。
かといって「〜だからこそ」とあからさまに言い換えるも、結局根はコンプレックスを持っているような気がします。
こちらはそういう感じのことにコンプレックスを持っていなかったのに、コンプレックスを持たされているような気がします。
その人の中でそう思うだけなら他人に迷惑はかかりませんが、そういう言い方を聞かされて、極めつけは「あなたも〜」と決めつけてこられると遠回しに他人を否定しているように聞こえます。

















