あ~…


一般的に厄年、厄払い等良く聞きますね


迷信のようでそうでもないような曖昧なやつですね


統計学的に言うなれば、事故や厄災が厄年に偏り起こると思われていますが、偏りはありません


ただ、体調の変調に関しては厄年あたりに具合が悪くなる確率は上がるようです


長年沢山の方々の霊視をして来ました経験から厄年が引き起こす厄災とは何なのか


諸説ありますが、私の見方からすれば、厄年に限らず、その害は現れている訳で、ただ、厄年あたりに起きる害だけを記憶したり回りに伝えたりしているだけだと思います


だがしかし、確実に厄年辺りで特定の方々に起こる霊的変調があるのは確かです


起きない人にはなんともないのですが…


今迄の経験で、厄年なので厄払いをお願いしますと、来られる方々の約半分強大体百人厄年の方々を霊視すれば、60人位の方々は守護霊の主格の交代が起こっています


何故この時期に偏り守護主格者の交代があるのかは、詳しく書けませんが、男子と女子では周期が違うのも事実です


守護主格者の交代もしくは撤退、弱体等があった方々には、何らかの影響は出るようです


より強い守護者に代わる場合は良いのですが、この時期の交代がある方々はほとんどが弱体化します


それを避ける為に厄払いをする必要があると考えると良いですね


守護霊を強くする方法に因んだ厄払いがおすすめです


地方により、宗派、或いは寺社仏閣により厄払いの方法は様々でしょうが


この因果関係も知らないところで、厄払いを儀式的にしても効果はないだろう


守護霊の強化には徳を積む事が一番有効だから


例えばお饅頭を作って配るとか、ご馳走を親族に振る舞う等で厄払いをするって方法はあながち間違ってはいない事です


私はちなみに厄払いなんてしてません


今も継続中で厄災進行中だから…オニヨメ ヤクヨリ サイナン


めでたくない方々もいるのでしょうが


新年を迎え心新たにスタート出来た事をやはり喜びと、捉え祈りたいです


今年は祈る年にしたいですね


そもそも祈り、祈るとはどういうものなんだろうか…


大切に感じる方の願いが叶うように思い入れをすればよいだけなのかな?


そんな事でパワーが出るの?


御百度参りなんぞと言う願掛けもありますよね


その行為自体がパワーを出すわけじゃあないですよ


いつも如何なる時も、気にしてこうなれば良いのにと願い、居てもたってもいられず、寺社参りに神頼みしてしまうのが御百度参りなんです


そんな思い入れがあるから知らず知らずに自分がその大切な方の為になる事があれば自然と助ける行為をするんですね


例えば家族に受験生等居れば、自然とテレビのボリューム下げたり、夜食を作ってあげたりしますよね、


その行為が助けになりその想いの強さが周りを動かすんです


年始に祈願等を寺社仏閣に行い初詣とかに誓った事があるなら、その場かぎりの思いで終わらさず


思い続けてその為に出来る事があるなら行動しないとただの祈りに終わってしまいます


祈りを祈るに変え実りある力ある祈願にしていきましょう


年始に…


一法善師


あんな…いつも思うんだし自分でもそうかんじるんだよ


親って偉いのか?


子供よりか?


確かに身の回り世話して生きる為の全てを施してるけどさ


それで偉いのか?


ならどこぞの神たら言う輩も何もせず下僕に働かせてるけど一番偉いらしいぞ、


じゃあ子供は神様程偉いんじゃないかな?


まぁ冗談はさておき


法的にはしつけ、体罰等は親権者だけが持つことが出来る暴力(言動も)である


他人がとやかく言えない領域でもある


だから家庭において虐待等が過ぎてしまうんです


ここで問題なんだよ


子供が虐待されるのは許し難い、っつーか許さんぞ


目に見えて重症な怪我とかさせたならこりゃもう犯罪だけど、


解りづらいのは痣程度な暴力や日常的な精神的な苦痛だよ


中々無くならないね


重ねて言うけど、許さんけどよ


でもな、


未熟な大人が、経験も少なく人育てするんだから、憤りや思い悩みあって当たり前


時につい手が出てしまうってこともあるわな


いちいちそんな事まで虐待じゃないのかと自分を責めてたら、子供に遠慮してきちんと護り育てることすら出来なくなるぞ


この子に何かあれば命に換えても護り育てるって思っているならあなたの子育ては大丈夫ですよ


人に何を言われようと多少の問題が起ころうと必ず大丈夫です


だって、それだけの覚悟で子育てしてるんだから


それでも思い悩みするなら私が居ます


他人の子育ては無理かもしれませんが、人としての生き方なら助言致します


私はいつも見ていますよ


だから迷わず頑張って下さい(^^ゞ