気が付くと僕はふわふわと雲の上を歩いていた。
白い服を着た老猫がはるか向こうに立っていて,手招きをしている。
目の前まで行くと,白い服を着た猫が言う。
「お若い方,ご苦労をされたんですね。猫の世界には天国しかありません。どうぞお逝きなさい。」
「ありがとう。僕は死んでしまったんですね」
「ええ。私は猫の神様。私はあなたのことをずっと見守っていました。生まれてからずっと野良で,ずっとおなかをすかせていましたね。天国は次の生まれ変わりまでのしばしのときをゆっくり過ごすところ,休んでいきなさい。」
天国は思ったよりもずっと天国だった。
おいしいものがいつでも食べられるし,こたつ完備で,たまにネズミ追いのイベントがあってだらだらと日々が過ぎていった。
天国にはたくさんの猫たちがいて,それぞれが生きていたころの思い出を語り合った。でも,不思議なことに,人間に飼われていた猫にはあまり出会わなかった。
天国での生活に慣れ,いつまでもこんな生活が続くと思っていたころ,ふとなにかの拍子に虚しさを感じることが増えてきた。
そんなとき,僕は,自分がまさに死にそうになっていたとき,手を差し伸べてくれた人間を思い出した。動けなくなった僕に餌と水をくれ,ブランケットをかけてくれた。年のころ20代後半といったところだろうか,僕と同じくらいやせこけた男だった。
その人間は
「済まないな。うちはチンタイだから,家には上げてやれないんだ。」
と言って,本当に済まなそうな顔をした。
その日の夜も,次の朝も,その人間は僕を見に来た。
僕は結局そのままそこから動くことなくこっちに来てしまった。
あの人間みたいなのになら,飼われてもいいな,と思った。
あくる日,僕の目の前に,猫の神様が現れた。
「人間のことを思い出しましたね。そろそろ生まれ変わる時期です。もちろん,次も猫に生まれ変われるかどうかはわかりません。もし人間になったら,猫やほかの動物に優しくしてくださいね。といっても,今の記憶はなくなってしまいますけどね。」
僕は神様に言った。
「そろそろ天国に飽き始めていたからちょうどよかったです。そういえば,僕が死ぬ前に手を差し伸べてくれた人間に,なにかお礼をすることはできますか?」
神様は少し考えて,
「わかりました。あの青年に,ほんのちょっぴり幸せが訪れるようにしておきますよ。」
といった。
僕は,天国での生活をその日一日満喫した。
眠りにつくと,夢に例の人間が現れた。夢の中で彼は,2匹の猫と田舎の大きな家で暮らしていた。田舎の家には縁側があって,猫たちはそこで日向ぼっこをしている。そんな情景に満足しながら,また僕は深い眠りについた。