でも、字数制限が300文字だって…。デボメ広場にはあまり使えないかな( ̄。 ̄;)
にしても、実際にもネットを介しても、いろいろな場を通してたくさんの方々に出会いました。震災後は特に、そのお一人お一人の存在にとても励まされてきました!本当にありがとうございます(≧▽≦)
そして我が家の怪人たちをいつも可愛がってくださって、これまた本当にありがとうございます(^^)v笑
昨日は大熊町の自宅へ一時帰宅してきました。
前回は確か…5月。妻は震災後2度目の一時帰宅です。
夏を越した町並みは、ずいぶん草に覆われていました。
まるで、突然人が消えてしまった映画の世界のように、
道も草で覆われてなくなっていくのでしょうか…。
受付の時に言われたことばは、
「牛の親子が町を走り回ってますから気を付けてください。」
「ハチに刺される人がたくさんいますから気を付けてください。」
どうやら震災から1年半が経って、
町並みの様子も、そこで一生懸命生き続ける命も、
大きく変わってきているようです。
チャペル前の道も、隣りのお家への入り口も、
隣町にあったチャペルへの入り口も、そして線路も、草に覆われていました…。
そうなっていることは予想していたし、
僕は今までけっこうな回数一時帰宅しているので、平気かとも思っていたけど、
それでもやっぱりこの光景に、寂しさをおぼえて帰ってきたのでした。
そこにいるはずの人がいない。
そこで毎週顔を合わせて一緒に礼拝していた方々がいない。
日本各地にバラバラになってしまって、なかなか会うことができない。
いつもメッセージを語っていた講壇から礼拝堂を眺めながら…、
妻と一緒に礼拝堂のイスに座りお祈りしながら…、
やっぱりそのことが一番つらいなぁと感じました。
そしてただただ「一人一人を守ってください」と神様に祈るばかりでした。
いろいろな悲しみや寂しさを体験しています。
その体験が、これからどのように用いられていくのか、今はまだわかりません。
でも少なくとも、きっと以前よりは、
人の悲しみや寂しさに寄り添える者にされてきているのかもしれません。
「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。」(ローマ12:15)
それを実行できる者とされていきたいし、そのような者として用いてくださいと祈ります。
神様は私たちの涙をすべてご存知で、
「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」(詩篇30:5)
それが神様の約束。
一緒に涙を流す私たちに、神様はどんな喜びを用意してくださっているのでしょうか。
神様を信じて、そして神様に期待して、これからも一歩一歩ですね!!
「バビロンの川のほとり、そこで私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。」 詩篇137:1
先週土曜日、同じいわき市にある教会の献堂式に行ってきました!
東日本大震災前後の大きな大きな苦難を乗り越えて、とてもステキなチャペルが完成していました(*^。^*)
本当に本当におめでとうございます!!
去年、僕たちの教会がいわき市に戻ってくることを決めた時、
「ウチの教会を礼拝に使ってくれ」と快く申し出てくださったM先生と教会の皆様。
その後、諸事情により結婚式場を借りて礼拝をしているけど、
その信じられない、そしてあたたかい申し出に、僕たちはどんなに力付けられたかわかりません!
また、今週月曜日は、僕たちの教会も所属する保守バプテスト同盟の集まり、
“東北ファミリーフェスタ”に参加するため、多賀城市に行ってきました!
午前の集会の中では、同盟内の被災した教会や支援活動の様子を分かち合う時が持たれ、
福島第一の震災後の歩みと今後の歩みについても報告してきました。
会う人会う人に呼び止められ、声を掛けられ、
こんなにも祈られ、覚えられ、支えられているのだと、改めて感謝感激してきました!
献堂式においても、ファミリーフェスタにおいても、強調されていたのは“絆”“つながり”ということ。
確かに僕たちは強い絆によって、そして多くのつながりの中で支えられてきました!
M先生が牧会する教会もそうであったように、
僕たちの教会も世界中の方々から差し伸べられた手によって、
ここまで歩み続けてくることができました。
同じ同盟の教会が、まさに一つの家族のように、祈り合って励まし合って支え合って、
ここまで前進し続けてくることができました!
僕たちは決して一人じゃない。
誰にも覚えられていない、どうでもいい存在なんかじゃない。
愛の反対語は“無関心”と言うけど、
誰かに関心を持たれ、大切に思われているということは、大きな慰めであり、力になりますよね!
デボーションを通して改めて、
「僕たちは神様のものとされ、神様の宝とされている!」
これって本当にすごいことだし、本当にうれしいことだなぁと思わされたまぁにぃでした(^^)/
明日は(もう今日か…)一時帰宅で久し振りに大熊町に行ってきます。
一夏が過ぎ、雑草も伸び放題の町並みになっているのかな…(-_-;)
人々の記憶から忘れ去られていくような景色に、やっぱり複雑な思いが心をよぎるのかな…。
でも神様は僕たちを忘れない!
僕たちは強い絆によって、多くのつながりの中で生かされている!
チャペルのイスに座って、教会員一人一人を思いながらお祈りしてきます。
これまで祈り支えてくださった方々をおぼえて、感謝と祝福をお祈りをしてきます。
「ハレルヤ。主はまことにいつくしみ深い。主の御名にほめ歌を歌え。その御名はいかにも麗しい。まことに、主はヤコブを選び、ご自分のものとされ、イスラエルを選んで、ご自分の宝とされた。」 詩篇135:3、4
震災から一年半が経ち、いろいろなテレビ番組を見たり、文章を読んだり、話を聞いたりすると…
この一年半、
いったい自分は何をしてきたのか…。もっと何かできることや、すべきことがあったのではないか…。
これからの自分に求められていることはなにか…。これから自分は何をしていくことができるのか…。
そんなことばかりが頭を巡っています。
そしてちょっと落ち込んだり、自分の足りなさや視野の狭さに気付かされてガッカリしたり。
これからこのいわき市の地にあって、たくさんの仮設住宅などが建ち並ぶ中、自分には何ができるのか。
少しずつ警戒区域から解除されて、震災後手つかずのままの町並みに対して、何ができるのか。
考える前に動き出せばいいのかもしれないけど、なかなかその一歩を踏み出せないでいます…。
でも、まだまだ漠然とだけど、やってみたいと思っていることもあります!
新しいチャペルが完成したら、それは私たちのチャペルというよりも、
まさに世界中の方々の祈りと支援がいっぱい詰まったチャペルだから、
たくさんの方々に開かれたチャペルでありたいと思っています。
たとえば喫茶店のような場所を提供し、地域の方々が、そしていわき市に避難してきている方々が、
「あそこに行けばホッとする」「あそこに行けば、自分と一緒に喜び、そして泣いてくれる人がいる」
「あそこには自分と同じ体験をした人がいて、それを前向きに受け止めようとしている人がいる」
そんなふうに感じてもらい、足を運んでくれるようなチャペルになれたらうれしいです。
時々、コンサートしてくださる方々が来てくれたら、
コーヒーを飲みながらの生演奏や生歌なんて、最高の一時ですよね!
なかなか仮設住宅などに足を運べないでいるけど、
そんな喫茶店の案内やコンサートの案内を書いたチラシを携えて訪問できたら、
寂しい思いをしている方々にも、ちょっとでも寄り添えるかも…なんて思っています。
もちろんそのためには、様々な面での必要があると思うけど、
これまでの世界中からの祈りと支援を受け取ったものとして、
その恵みをしっかりと分かち合っていきたいと思っています!!
まずはこの思いが神様からのものかどうか、しっかり祈りつつ、
またアドバイスに耳を傾けつつ、確認していきたいと思っています!
僕たちに何ができるのか…。何をすべきなのか…。
もし何かあったら、ぜひ教えてくださいm(__)m
震災から1年半が経ちましたね。
デボメでも書いたけど、震災の体験は本当に大変な体験でした。
でも、神様が自分の主であることを知る、そんな体験でもあったのかもしれません!
この震災を通して、確かに神様が生きておられ、
どんな時も私たちを愛して、守り導いてくださっているお方であることを、私たちは体験しました。
そして、生きていくために必要なものってそんなに多くない。神様がいれば大丈夫!
神様が主であることを知らされました(^-^)/
その背後にあって、本当に多くの方々が関心を持ち、祈り、支えてくださっていたことを感じて、
改めて感謝感激しています!!
またもメッセージからの転載だけど、
この1ヶ月ほど、こんなにも愛され祈られているのかと知らされた体験がたくさんありました!
先月は、奥多摩福音の家の子どもキャンプの奉仕のために、奥多摩に行ってきました。
キャンプが終わってから、奥多摩の施設に入られている姉妹を訪ねてきました。
去年は奥多摩にいながらなかなか訪ねることができなくて、
引っ越し間際にも顔を出してくることができなくて、
そしていわきに来てからも全然行けなくて、本当に申し訳ないなぁと。
もしかしたら、あのいつもの浜通りのなまりで「あんた誰だっけ?」と
言われてもしょうがないよなぁと思いながら、訪ねていったのでした。
そして部屋に入り、姉妹がそこにいました。
すると姉妹は僕の顔を見るなり、
「あら将司先生、たまげだ!しばらくだなぁ!」って。
さらに「いつもお祈りしてたんだぁ。守ってくださいって。」と言ってくださったのでした。
あぁ、この祈りがあったからここまで守られ、力が与えられ、
歩み続けてくることができたのだと思いました。
奥多摩からも、近くからも遠くからも、教会員の方々に祈っていただいて、
そしてさらに世界中の方々にも祈っていただいて、そして強められて、
ここまで来ることができたのだと、改めて感動し、そして感謝させられたのでした。
何度も何度も言っていますが、本当に多くの方々が、世界中の方々が、
天の父なる神様に僕たちのことをおぼえて祈りをささげてくださっています。
僕たちが今日、こうして神様の恵みのうちに守られ、生かされているのも、
多くの方々のとりなしの祈りによるものであることを、僕たちはおぼえ続け、
そして感謝し続ける者でありたいと思います。
先月休暇をいただいて那須に行った時、ペンションに泊まりました!
最後の一泊をしたペンションは、“シャローム”という名前のペンション!
インターネットで宿泊する場所を選んでいたんですが、
なぜそのペンションを選んだかと言うと、名前が“シャローム”だったから選んだんです。
ペンションに到着して受付を済ませて、そしてなぜシャロームという名前なのかを尋ねました。
そしたらやっぱり、クリスチャンのご家族が経営するペンションだったんです。
我が家も自己紹介をしました。「福島第一聖書バプテスト教会の副牧師です。」
すると…、「あの福島第一ですか?佐藤さんって、佐藤彰先生の息子さんですか?」と。
僕はいろんなところで自己紹介する度に、
「佐藤先生の息子さんですか?」「弟さんですか?」って聞かれるんですが、
僕は光栄なので「そうです」って答えちゃおうかなとも思うんです!
でも、いつも佐藤先生は必死で否定するんです。「息子だなんて、そんなに年は離れてない」って。
まぁ、それはいいとして、そのペンションでも、
そうです僕たちの教会のことを覚えて、いつもお祈りしてくださっていたのでした。
それどころか、ペンションに来られるお客さんには、
いつも震災後の僕たちの教会について書かれているトラクトを配ってくださっていて、
時には佐藤先生が書かれた本をプレゼントすることもあるとのことでした。
奥多摩の子どもキャンプに奉仕に行った時は、
子どもたちをキャンプに送ってくるたくさんの保護者の方に、
「私がキャンプに出たいくらいです。」「いつもおぼえてお祈りしています。」
「いつもホームページを見て祈っています。こっちが励まされています。」と声を掛けていただきました。
さらにはキャンプに来ている小学生にまで、
「まぁにぃの教会、福島第一だよね?」って。
「まぁにぃも本に写真が載ってたよね?」って。
教会や家族でいつもお祈りしてくれていることを教えてくれて、胸が熱くなりました。
キャンプ中にはみんなで寄せ書きまでしてくれて、
小さな子どもたちまでもが、僕たちをおぼえてお祈りしてくれていることに、本当に励まされたのでした。
フェイスブックなどで、チャペルの建設許可が下りたことを載せると、
アッと言う間に多くの人が見てくれて、そしてコメントをしてくれます。
「待ってました!」「本当に良かったですね!」「祈ってました。これからも祈ってます!」
本当に僕たちは、どれだけの人に見つめられ、祈られ、支えられているのでしょうか。
先週青森に行って出会った方々からも、
「初めて会った気がしません」と何人もの方に言われました。
「いつもホームページでメッセージを聞いています。」
「旅の始めからずっと見つめ続けて、一緒に喜び、一緒に泣いていました。」
そのような声を掛けられて、あぁ、本当にこの祈りがあったから、
僕たちはここまで生き抜いて、歩んでくることができたのだと、心から感謝させられたのでした。
僕たちはこんなにも愛され、支えられ、祈られている者として、
その祈りを背に受け、神様が主であることをいよいよ信じ、そして伝え続けていきたいです!
神様の恵みに満たされて歩み、成長していきたいと思っていますо(ж>▽<)y ☆
「わたしが、あなたがたの先祖に与えると誓った地、イスラエルの地に、あなたがたを入らせるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。」 エゼキエル書20:42