さて、彼の猛烈アピールから始まった私のリア充生活

 

まったくタイプじゃ無かったのに

 

何故か「幸せ」と思えたの。

 

誰かに好きと言われる事が私には「幸せ」と思えた。

 

だって…小さな時から私を好きって大切って思ってもらった経験が無かったから。

 

私は三人娘の真ん中。

俗世間では「捻くれ者」とか「いじっぱり」の区分だった。

 

何故、周りはそう言うのか?

 

「貴女も真ん中で育ったら解るよ」

と思えた。

好きで「捻くれ者」なわけでは無いのだから…

 

私には二つ上の姉さんが居る。

小さな時から姉さんには「アンタは馬鹿」と事あるごとに言われ続けていた。

私は母のお腹に臨月まで居られず少し小さく生まれた。おかげ様で姉妹3人の中で1番小さい。

幼少期からずっと「チビ」と言われる区分だった。

小さいと言うだけで母は私を何も出来ない子。

として家の外では二つ上の姉に私の面倒を見るように言い聞かせていたらしい。

 

二つしか違わない妹の面倒を押し付けられた姉からしたら

たまったものでは無かっただろう…

 

お陰で物心ついた時から姉のストレスの捌け口となりもはやイジメとも取れる日常生活

を送る羽目になった。

 

母は姉の容赦ない私への態度を注意する事もせず…

私の話もろくに聞かない…

姉さんの事を訴えた所で…逆に姉の援護すらする。

姉さんは毎日「アンタは馬鹿」のオンパレード。

 

そんな環境で6つ下に妹が生まれた。

 

さぁ!3人娘のえげつない毎日の始まり。

人間3人になると何故か1人ハブられると言う状況が起きる。

 

もちろんハブられるのは…私。

生意気な妹が姉とタックを組み2人して「馬鹿」呼ばわりなのだ…

 

人は生まれて初めての社会生活と呼ばれる家族と言うコロニーでいろいろ体験、経験をする。

きっと1番何も考えずに心を解放して居られる場所なのだろうけれど…

 

私にとっては…ただただ傷付き悲しい孤独な場所たった。

 

愛されている

 

そんな実感など…無かった。

 

そう…私は幼少期から愛されると言う実感も愛される意味すらわからないまま

 

大人になったのだ。

 

そんな欠落人間の私を…「好き?!」

 

きっと…この人は…運命の人…。

 

と思えたのだ。

 

私と旦那と呼ばれていた男との出会いは高校を卒業して

「取り敢えず」就職した会社の元従業員だった男だった。

高校中退してしまいこの会社にお世話になっていたらし…。

彼の実家は自営業をしていて時間が自由みたいたった。

 

たまたま遊びに来た彼が私を見つけて

 

その日から彼の猛烈アピールが始まった。

 

雨の日も風の日も仕事か終わる頃になると会社の駐車場に現れて

「送るよ」

断っても毎日毎日毎日同じように…

 

18歳の小娘が心を踊らせるにはうってつけのシュチュエーションって感じ。

 

彼とは同い年だったけどやたらと高級な車に乗っていた。

分かりやすいよね…。

 

ある土砂降りの日

 

「送るのよ」

「…あ。じゃぁお願いします」

 

土砂降り、有り難い事に雷まで…

 

この日から始まる…。

 

it'sSHOWTIME

私が何故自分の体験した事や経験した事を赤裸々に書こうとおもったか・・・。

 

果てしなくネガティヴできっと時に見たくない描写等もあるかも知れない。

 

「何なの?この人・・・」と思われるかもしれない。

 

でも、だからこそ「事実」をお話しようと思った。

 

これを見つけ読んでくれた方の中で日々の生活で人には言えない悩み、どうにもならなくて

 

独りで苦しみ闇の中に居る方が居たとしたなら・・・

 

その方々の心に「小さな希望の光」を灯せたら。。

 

生きる事を諦めず前を向けますよう・・・。

 

そんな想いで私は発信出したいのです。

 

悲しい哀しい出来事ネガティヴな表現が沢山出て来ると思います。

 

でもそれらこそが私の事実であり現実でした。

 

その中で必死に生きて「今」があります。

 

ただ悩み苦しむ誰かの為に希望を持ってもらえるように…。

 

(読んでいて不快と感じた方はスルーしてね凝視