幼い頃、父親が手品をやってくれて、紙がお札に変わったり、リングが次々に重なったり・・・そのたびに心が躍り、感動したのを覚えている。

 

しかし!あるとき!

 

なぜだか急に「今からタネ明かしする・・・」と言って、お願いしてもいないのに、どのようにコインがコップを貫通したのかを見せてくれた。

 

そのとき、私は大きなショックを受けた。

 

大事なものがスーッと消えていってしまった。

 

それまで信じていたものがアトカタもなく消えていってしまった。

 

今でもその瞬間のことは昨日のことのように思い出せる。

 

もしかしたら人生は、それに似てるのかもしれない。

 

「あなたの人生は、〇〇」

 

と目の前で断定されてしまったとしたら、それこそ明日からの日々が退屈で退屈でたまらなくなってしまうかもしれない。

 

人生は手品のように、マカフシギでいい。

死は手品のタネ明かしのように、知らなくていい。

 

「なぜだろう?どうしてだろう?」と答えに近づこうとしているその一瞬一瞬にダイゴミがあるに違いない。

 

「もどかしいから答えを教えてよ」と思う気持ちもわかる。

「モヤモヤするから早く教えてよ」という気持ちもわかる。

 

でも「死」を考えるからこそ、そのままいいのではないか。

 

「死」を知ってしまった瞬間に、本当に「死」が訪れるのである。