お久しぶりです。
発信がしたい
アウトプットしたい
人と交流したい、、もあるけど、
今は「出したい」が強いんだな
って思ったので、
久々にブログを書いてみました。
オンライン自助会に入って一年。
精神疾患や障害がある人の自助会
だいぶん人への恐怖心が薄くなってきてると思う。
不安がいつでも吐き出せる場がある
おはようが言える
挨拶ができる場がある
なんてことないことだと思うけど、
それって、、私が生まれ育った家では
普通ではなかったんだなと思う。
私の家は見た目
本当に普通だったと思うから
挨拶もしてたし、
母も父も兄も物理的には私をみていたし、
家族で一緒に食事をするとかもしてた。
私は物理的に見られてはいた。
でも、特に母の目に入ってると感じたことがなかった
‥伝わるのかなぁ、これ。
気にしすぎかなとか繊細だねとか神経質とか
思われやすかった。
たぶん、普通の家庭で育った人にはわからないんじゃないかな。想像つくんだろうか?
わからない人の方が多いんだろうな。
わたしは、こっちを見てなかったとしても、
言葉が少なくても
こっちに意識が向いてるかどうかは
わかると思う。
そりゃー、母の目の中に入ることを
40年くらい求め続けてきたから。
馬鹿にされるのは嫌だし、
苦手なんだけど、
「馬鹿だなぁ(‥愛おしそうな目)」
はとても羨ましかった。
だから、私が求めてるのは言葉じゃなくて
実際に見てるかどうかでもなくて、
その人(母)の意識の中にあることなんだよね。
それは今でも引きずってる。
まず、何よりも、この人の意識の中にわたしはいる?って確かめようとする癖があるなぁ
前より薄くなってきたけど
わたしは発達障害がある。(adhdの診断がある)
ただ、気持ちが読めない方ではないんだと思う。
少なくとも読もうとはする。
そして、わたしにはトラウマが多くある。
おそらく発達性トラウマや、情緒的虐待を受けていた、愛着障害(不安型優勢)というワード、分類が当てはまると思う。
だから、ちょっとしたことですぐパニックになりやすいし、勘違いも多いと思う。
今日は久しぶりにかけて嬉しい
自助会の投稿でだいぶん吐きだせているし
慣れてきた
ただ、気も使うから
(お互い疾患や障害があるし、いろんな状態の人がいるから)
こっちにも書いてみようと思って。
