今朝、ブログをUPしたら、ますます母への想いが
新たになって、訳がわからないくらいに涙が溢れて
しばし号泣・・・・・
浄化だわーー、、、まぁいいか、、、と思っていたら
はっ。
昨日、何気にみていたバラエティー番組で
大人になって、涙もろくなったり、やたらと感動して
わ~~~~~ってなるのは動脈硬化の症状のうちの
一つで、“感情失禁”と言う。
なんていってたっけ。。。
海江田経産大臣。
大丈夫ですか?
ええ、私も(微笑
今朝、ブログをUPしたら、ますます母への想いが
新たになって、訳がわからないくらいに涙が溢れて
しばし号泣・・・・・
浄化だわーー、、、まぁいいか、、、と思っていたら
はっ。
昨日、何気にみていたバラエティー番組で
大人になって、涙もろくなったり、やたらと感動して
わ~~~~~ってなるのは動脈硬化の症状のうちの
一つで、“感情失禁”と言う。
なんていってたっけ。。。
海江田経産大臣。
大丈夫ですか?
ええ、私も(微笑
やっと、Aちゃんと母の下りに辿りついた。
Aちゃんは、母のこういうところが我慢ならなかったと言う。
親なのに、常に子供(旦那)に依存していて、自分の事ばっかり考えている。
顔をみれば必ずお金をねだる。(こっちも家計が大変な時もあるのに!)
悪い時は会って直ぐに手を出す仕草(お金頂戴)
その上、何かしてもらっても感謝の気持ちなど全く感じてない様子。
迷惑かけても悪びれない。
言葉の選び方を知らず、なんども傷つけられた。
・・・たしかに・・・
でも、母はいじましい所はあるけど、意地悪な人ではないので
Aちゃんを傷つけたとしても、悪気は無かった筈なのだ。
なにかきっと、いけない事を言ってしまっても、面白いと笑ってくれると
思い込んでいるだけで、全く他意もなければ
そんなことを言った事すら忘れてしまっているのが母と言う人。
私が物心ついた時、母の言った何気ない言葉が
未だにトラウマになっているけど、母は全く気にしてないから
こちらが忘れないと損なのにね。
(ただし、頭で許しても傷ついた負のエネルギーが残っていれば
知らず知らず体を強ばらせたり、調子を崩したりという影響力が
あるのは確かで、じっくり解放しなければ癒えないこともある。)
それで、とにかくAちゃんはこの先ずっと母を避け続けている
分けにいかないのに、許す事も受容れられず苦しんだ挙句
“はっきり思っている事をぶつけてみよう”と決心したらしい。
母に長い手紙を書いたと言うのだ。
母は突然に積年の激しい思いを嫁からぶつけられ
何が何だか分からず、私に相談してきた。
Aちゃんもまた、泣きながら私に謝りの電話をかけてきた。
母に謝るのではなく、“私”の母に許せない感情があることを
申し訳なく思うのだという。(複雑だね・・・)
母とは解り合える事を期待して起したアクションだったけど
話せば話すほど全く平行線で結局感情的になってしまうとのこと。
母も母で「Aちゃんが何を言ってるのかさっぱり解らない。
なんであんなに酷い事を言われるのか?」って。
母には、私の思うことを懇々と聴いて貰った。
Aちゃんや弟の生活を助けてあげようってくらいの
気持になってほしいし、今まで注意せず無視してきたけど
Aちゃんの感じる事は私も思う事でもあり、ごもっともだと。
ねだるばかりじゃなくって、与える事も覚えてほしかった。
Aちゃんは弟を本当に大切にして、支えてくれている。
甥っ子達も明るくていい子達で、ちゃんと躾もしていて
そんな堅実に立派に頑張ってる若い家族を
おばあちゃんの立場として、精神的でも金銭的でも
力になってあげようって考えられない?って。
AちゃんはAちゃんで、全く他意のなかった母の言葉に
拘って傷つき続けることを手放す為に、少し考え方を
変えて見るのも大事だけど、先ずはやっぱり母から・・・
・・・・・なんて二人の間で色々考えていたら突然気がついた。
ああああああーーーーーーー・・・・そうかぁ・・・
神様やってくれるじゃない。
Aちゃんにそれを言わせたのは私への揺さぶりだったんだわ。
Aちゃんが母に怒れば怒るほど、私はやっぱり母と言う人を
解って欲しくて母に代わって母の事を一生懸命説明していた。
母もまた、親が無くて親戚をたらいまわしに育った人だった。
いつもきっと自分を守る為に必死だった筈で
親戚の家族から、あからさまな虐めや親の悪口を聞かされて
育った人だった。
それなのに、いつも面白くて愉快に生きてきた人だった。
理想の母親像を押し付けられて、母も娘に窮屈な思いを
したことだろう。
Aちゃんに解ってもらう必要は無い。
解らない筈なのだから。
私が、母を理解して大切に思うだけでいいのかも知れない。
Aちゃんも考え方を変えればどんな人とも付き合えるはずだけど
その事を伝えるのは私に与えられた仕事ではなく
神様の仕業で悪役を一つ買って出てくれたAちゃんに
今は一先ず感謝だな。
と言うか、本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。。。
私が娘として母ともっと上手く付き合っていれば
Aちゃん事件は起こらなかったように思うから。
ごめんね・・・そして、ありがとうね。
この話し、弟には伝わった。
弟はAちゃんの考え方が少しずつ変るのに付き合えるだろう。
Aちゃんを楽にしてあげたいと言って居たから。
偉いぞ、弟。流石だな。
・・・・さて。
残るは私。
神様でもハイヤーセルフでも・・・・
私を見守ってくれている親愛なる存在達。
またちょっと成長できましたか?私。
小さい頃、世の中は私の存在なんて無視して無情に
回っていて、何かを変えようにも、自分の力では全く
どうにもならないと諦めて育ったが、一旦世の中に出れば
全ては思うままにコントロールできるんだと思い知った。
ガンガンイケイケに仕事で時間を埋めて、身体のことも考えず
平均睡眠時間は5時間、休日を楽しむ事もどうでも良くて
遊んだり友達もいらなくて・・・・
そんな異常な生活を知る周囲の人は私のことを
“死に急いでいるみたい”と言った。
本当にそうだった。
もう、自分を消耗し尽くしたかった。
目の前の、与えられた仕事を投げ出さず、やるだけの事を
やって、早く「お前、よくやったからもう良いよ」ってお迎えが
来てくれないかと思いながら生きていた気がする。
しかし、あるときお店のお客さんが私の手相を見て言った。
「貴女ね、このままじゃ死んでしまうよ。だから
命に携わる仕事をしなさい。そうしたら何か変るから」
いつでも死ぬ覚悟・・・と言うか、死を待っていた私は
「昔から早死にだと思ってるから良いんですよ~」
なんてヘラヘラしていた。
・・・・・・でも人生ってのは本当に面白いもので
「命に携わる仕事をしなさい。」って言葉を聴いた
数年後に動物の看護師の仕事がちゃんと与えられた。
やりたかったのではなく、与えられたのだった。
与えられたからには「やる」性質なのでとにかくやってみた。
そうしたら、動物達に色んなことを教えてもらって、目の前の
命に向き合って・・・命ってなんだ?生きるってなんだ?
なんて事を考え始めた時に・・・・精神世界の扉が開いた。
それから、レイキと出逢いイケイケガンガン突き進んできた
人生を見直す機会を与えられた。
レイキの心を通して世界を見ると・・・・・
人生を見ると・・・・日常を見ると・・・・
全てが違って見え出した。
生活が変り、仕事が変り、住む環境が変り
いま、横浜でこうして生きている。
横浜へ来てからは私はすっかり人間が変ってしまった。
しかし、相変わらず“母”の事になると逃げていた。
母の前だと、昔の私に引き戻されるから上手く行かないのだ。
それが、何故なのか?と言う事もインナーチャイルドの
ワークで勉強をして理解が出来た。
人生は大体どんな経験をするのか・・・・おおまかな
青写真を描いて生まれてくるようだ。
母を選んだのも、その後の人生で経験する全ての事は
私の決めたことだった。
あの母でなくては駄目だったんだよね・・・・・・
早く深いところで、私を生み出して育ててくれた母と
和解し、新しい関係を築き、新しい体験をしなさいと
言われているのは充分解っているのに・・・
インナーチャイルドのワークから逃げて1年。
ちゃんと揺さぶりがやってきた。
ここでAちゃんの登場。
④へつづく
私たちの子供時代は生活保護を受けて育った。
母は働かない訳じゃないって程度に働いては
足りない分はいつも母の付き合っている人に
助けてもらったり、母の友達や親せきに迷惑を
かけてばかりいた。
転校も多かったし、新しい学校で制服がなくて
私たちだけ私服だったり、給食費が持って行けなかったり
ある時は、住む家が突然無くなる(追い出される)・・・・など
明日何が起きるか解らない予測不能な暮らしだったから
いつも身身構えていた。
自分たちが我慢するのは全然平気だったけど、もうとにかく
人に迷惑を掛ける生活だけはとても嫌だった。
だから一刻も早く大人になって、しっかりと自立したい
と心から決意していた子供時代。
やがて青春期が来て、同級生は反抗期やらぐれるやら
家出やら、暴走族やらに忙しかったようだが・・・・
私たちはグレる暇なんてあるわけないし、親に反抗?
なんてとんでもなかった。
親自体、目を離したら何をしでかすか解らず
生き方にぐれていたので、せめて私達は
しっかり生きなくては!!と心底思った。
弟は性格のいい子で本当によく頑張ってくれた。
母に強く当たる私とは逆で、母のお陰で色々あったのに
いつもに母に優しかった。
弟ながら、尊敬している。今も。
そしてとうとう働ける年になり・・・・
案の定、貧乏とか荒んだ生活ってのは、ちゃんと働き
さえすればこんなにも簡単に建て直すことが
できるのか!!!と感激したし、世の中が急に自分の
味方になった気がした。
高校卒業後はとっとと家を出て、快適で、規律的で、清潔かつ
安定したひとり暮らしが、嬉しくて嬉しくて嬉しくて・・・・
働くのが楽しくて楽しくて、もう何でもどんな仕事でも
喜んでひたすらに働いた。
1日14時間、1年365日が足りないくらい働きまくった。
世の中はバブルの真っ只中。
羽のついた扇を持ってディスコで踊るワンレンボディコンの
女子大生が同年代だったが、んなものどうでも良かった。
朝4時から夜の9時まで、定休日も別のアルバイトをして
職が替わっても相変わらず常に、2足も3足もわらじをはいて
10代から30代までを働きまくった。
結果、職場で認められたし、チャンスも貰ったし
責任も与えられたし、百貨店の売り場の店長と夜はクラブの
チーママで、結婚もして3重生活を10年楽しんだ。
月収100万近い月が10年くらい続いた。
しかし、これが・・・びっくりするくらい貯金をしなかった。
節約とか、貯蓄とかってのを教えてくれなかった母のせい
ではなく、働きさえすれば収入があったから
危機感はまるで無いし、バブルがはじけた時代に旦那がバー
を経営していた事も手伝って、入ってきた分は全て出て
いったっけ・・・。(まぁ、これもいい経験だった。)
弟は弟で堅実に着実に人生を歩いて行ってくれた。
京都で修行後、大阪に出て早くから商売を始めて
Aちゃんというしっかりモノのお嫁さんをもらった。
そんなで、私達兄弟は母の生き方とは真逆を歩いて
母が困った事を起すたびに兄弟でお金の工面と
後始末をしてきた。
それでも弟は愛情を込めて母に接し
一方の私はどんどん母の存在から遠ざかっていった。
・・・・嫁と母のくだりへたどり着くのに
母と私の関係を整理しなくては進めない。
よって③へつづきます。
ここ数年、色々切っ掛けはあったのに
母への思いの手放しをずっと、ぐずっていた。
インナーチャイルドのセッションも途中で逃げ出し
時間をかけてやるから、今は良いんだ・・・って
暫く放置することを決め込んでいた。
うわべでも母にメールで「ありがとう」「感謝してます」など
言えるようになったのは大きな進歩だわ!!
と自分を甘やかしてもいた。
・・・・・・・したら先日、とうとう大きい揺さぶりが来た。
弟のお嫁さん(Aちゃん)から突然メールが来た・・んだっけ?
いや、母からのメールとほぼ同時だったか?
どっちでもいいけど、どうやら二人が
揉めたおしているらしいのだ。
寝耳に水。
だって、ダメな娘の私は母の誕生日も
盆も正月も知らん顔で、時々手紙がきたら
お小遣いを送って事務的に対処してたのだけど
Aちゃんを含め、弟家族は母と上手く付き合っている
と思い込んでいたのに、実は違ったのだ。
よく聞くと、弟はちょくちょく孫を合わせたり
連絡したりしていたらしいけど、Aちゃんはここ数年
母に直接会わず、避けていたらしい。
Aちゃんは両親がそろっていて、一般的に親らしい
親に育てられた為に、どうしてもうちの家族の在り方や
特に私の母親(旦那の義理の母)の生き方や、考え方が
受け容れられなくて苦しんでいるらしいのだった。
いやーーーーーーー・・・・知らなかった~~~~。
でも、考えりゃそりゃそうでしょ。
娘のですら“苦手だ”と思うのに、嫁のAちゃんが
好いてくれるわけない。わかるわかる。
でも一言、かばうわけじゃないけど(イヤかばうべきか)
うちの母は、何故だか基本的にはとても人に
好かれる人なのだ。
頭の回転が速くて、面白い事を言う人なので、昔しはよく
この人が友達(他人)だったら楽しのになぁ・・・と思ったものだ。
でも、“親”で“母”だと思うと、頭にくるんだよなぁ。
どういうところが、苦手で頭にくるのか・・・・
Aちゃんがそのまま吐き出してくれた(笑
母は、人にお世話になっても当たり前って態度で生きている。
(都度、世話してくれる人が現れるのが謎だけど)
お金にだらしなく、貯金どころか節約もできず、困れば誰かを
頼れば良いと思っていて、そしてそれが心底当たり前だと
思ってもいる。
自分自身で解決するとか、自分の事は自分でやるとか
お金が足りないなら黙って働くとかそう言う事が出来ない人だ。
どっかのお姫様の生まれ変わりか!?と突っ込みたくなる。
私たち兄弟は、お陰さまで小さい頃から色んな事を経験した。
長くなるので②につづく・・・