久しぶりなのに、しょうもない日記を書くことに。
何度目かの面接に落ちました。
正社員ではありません、アルバイトです。
以前は落ちたことなどありませんでした。
それがなんでしょうね、近頃は全く・・・何がいけないのか。
しかし不思議と気持ちは落ち込んでいません。
ただどうしたものかと考えるだけです。
どうせまた何処かに面接に行っても履歴書と証明写真を無駄にするだけだと
思っているので、なかなかに行動に移せません。
それに必ず今までに病気はしてないかと聞かれます。
病気・・・ですが目に見えてどこかが悪いわけでも、業務に支障が出るとも
思えないので無いと答えてきました。
しかし、そう答える度に内心では不安に感じています。
本当に自分の心身は大丈夫なのかと。
それに相手を騙しているようで気がひけます。
どうしたものかと。
生きるためには働かなくてはいけない。
働かなくては生きてはいけない。
過去に通院していた時と今の状態が変わっているのかは分かりません。
医師からは働いても大丈夫だと言われました。
しかし実際に働いて見ると声が出なくなったりと、迷惑をかけてしまいます。
どうしたものか。
ただ働くために生きていくのは、すこし寂しい。
でも働いていなければ誰かの隣に寄り添うこともできない。
歳を重ねる度にそうなってきています。
10代のころはただなんとなく同じ時間を過ごすだけで良かったのに、
そうはいかないもんですね。
好きなことや物のために働こうと思うのに、手もとには不採用通知がやってくる。
この不採用の文字を見る度に、またかという気持ちと社会と交われない悔しさが出てきます。
生きることを否定されたような、生きていく価値のない不適合者だと言われているような。
情けない気持ちになります。
大げさなことかもしれませんが、何度も否定されているとそんな風に考えてしまうのです。
会社で使えないやつがいてなどと言う友人の愚痴を聞きながら、
私はその使えない奴にもなれないもっとダメな物なんだなとぼんやり考えてしまうのです。
親もそんな物にしようと育てたわけでもなかろうに、と申し訳なくなるのです。
なぜ働くという普通のことが出来ないのか。
生きていくことが出来ないのか。といくら考えても答えは出ません。
こうして生かされている今はいつか終わると分かっているからこそ、頑張らなければいけないのですが。
また日がな一日をどうやって死ぬかということを延々と考えることに使うのかと思うと、
くだらないなと感じてしまいます。
死ぬ勇気もないのにどうやって死のうなんて考えても無駄なのです。
実行できませんから。
しようとしても全うできなかったのです。
ならば生きることを考えなければいけないのですが、どうも全て現実的でない気がしてしまいます。
小さな子どもがお花屋さんになりたいだとかケーキ屋さんになりたいだとか思うのと同じくらい、
現実にはならない気がしてしまうのです。
仮にその夢を実現する子どもが何人かいたとしても、それは自分では無いなと思うのです。
無理だと思わずにやってみればいい。
はてさて、何から手を出したら良いものか分からない。
そうこうしているうちに何もしないままの時間ばかりが過ぎてしまい年齢という壁にぶつかって
終わってしまうのです。
こんな風に良くないことばかり考えてしまうのは秋が近くなったせいですかね。