横山友美佳さん
勇気をありがとう。
最後まで、あきらめずに「夢」を叶え続けた
彼女の生き様はすばらしすぎて
「夢」をあきらめずに叶え続けるすばらしさを
教えてくれて本当にありがとう。
私も、不器用ではあるけれど
夢に向かって歩いてきました。
けれども、不器用さと自分の傲慢さのあまり
立ち止まっています。
就職活動
納得がいくまで、1年以上続けてやっとの想いで入社を決めました。
4月、キラキラ希望を胸に東京に来ました。
しかし、入社式から社風が理解できず既にとっても不安でした。
それでも、幸運にも自分の夢と近い職種で
新規事業を立ち上げた頼もしい先輩と一緒にがんばっていけることになり
希望のキモチと恵まれた環境を与えてもらった幸せでいっぱいでがんばろうと心に決めました。
しかし、現実は最悪でした。
はじめは、セクハラまがいなぐらいやさしかった先輩。
役職はなく29歳新婚さん。将来の夢は起業!
5月、彼は自分の仕事と1年以内に起業するためのキャリアのことでいっぱいになり
いつしか何もできない私はお荷物扱い。
それでも、彼の負担にならないように役に立ちたい気持ちでいっぱいで
努力をしていたつもりだったのに、彼には全く届きませんでした。
そこから、無視され放置
まだ6月です。
同じ年齢の子たちはみんなドンドン成長しているのに
私はそんな機会さえ与えてもらえない。
質問しているだけなのに、
お前はなんで反抗するんだと怒鳴られます。
そして、いつしか仕事で必要な音源を消してしまったなどという小学生みたいな嫌がらせや
休みの日にまで電話をかけてきて、資料の文句をいってくるようになりました。
本当に悲しかった。
尊敬して、信じていたからこそ本当に悲しかった。
前見たいに一緒にがんばろうって言ってほしくて、元に戻ってほしくて
思えば思うほど、いつしか口からでるのは反抗的な言葉ばかり。
部長にも現状を伝えようと思って、先輩と部長宛てに毎日日報をメールで書いては送ってみたの。
そしたらね、いっぱい罵られて終いには「お前は小学生か」っていうメールが先輩から返ってきた。
部長は、それを見て私を呼び出してこういったの。
「教えるの嫌って言われたら、もう教えてもらえなんだから。ゆうことは聞かないと」
私は愕然としました。
部長が私をあの先輩の下につけておいて「嫌」っていったら終わってしまう世界。
なんのための部長なんだと。
新入社員を教育するという責任感の欠片も全くない会社。
そして、私は沈黙し耐えました。
とにかく存在感を消すように黙々と作業を行うようにしました。
しかし、何度か耐えられずに言い合いになることもしばしばありました。
だって、私は彼が1年以内に辞めることを知っていたから。
だから、できるだけ早く実践の場に出たかった。
そう伝えると、他の事業の営業マンに同行をしろといわれる。
挙句の果てには、現場を知りたいと言えば「お前は「作業員」として働けばいいんだ。」
お前は遅れてるんだから・・・「いつでも、やめてもらっていいんだから。」
マニュアルの存在を知らなかったことで「これからどうするの?会社辞めるの?」
理不尽なことを言われて、あまりに我慢できず言い返してしまう毎日です。
彼は、私に仕事を振らず、無視される日々が続きました。
それでも、私はやるべきことをやり続けました。
レポートを作ることだけが、私の仕事だった時
営業マンに、「仕事を何もしていない」と言われ、他の分野の営業同行をいきなり
しなければいけなくなった時には、あの子は何も知らないと鬱陶しがられました。
もう、毎日がとても苦しくて
成長したいのに、チャンスも与えてもらえなくて
その内、新規事業のサービス内容自体が失敗に終わり
先輩は、案件を抱えすぎた結果、対応の悪さに契約を切られまくり
残った案件はほんの数件。
今まで、自分たちの数字を達成するために使っていた彼に近づく営業はひとりもおらず
全員が彼を馬鹿にして、罵り、悪者に仕立て上げました。
部長も含めて・・・。
そして、遅刻や欠勤が目立つようになった中
大切な商談が3件入っている日に休んでしまい、彼への信頼は最悪なものとなりました。
そこから、巻き返すため新規事業を提案するものの、聞く耳さえ持ってもらえません。
社長と部長の会話からは、
「クビにはできないから・・わかってますって。ただどこまで駄目だといっていいものかわからなくて」
私はというと、9月ごろから急に元に戻った彼が、心を入れ替えたと言い、
ちゃんと指導すると私に講義を数回でしたが開いてくれました。
実践の意味で仕事のやり方を教えてほしかっただけなのに
すごく丁寧に教えてくれるようになりました。
結局彼は、明日会社を退職することとなりました。
そして、彼に可能性を感じ、大手に引き抜かれるカタチとなりました。
「インターネット広告のイメージを大きく変える」と
本当にいろいろありましたがお世話になりました。
見放された期間もありましたが
それでも根気強く、指導してくれてありがとうございました。
適当なところがいっぱいあって
言ったことはほぼ100%実行されない高田純二みたいな先輩でしたが
笑わせてくれたり怒ってくれたり、真剣に私にマーケティングを教えてくれたのは
彼だけでした。
ほんとうに ほんとうに ありがとう
壮絶な半年でした。
学ぶこともいっぱいありました。
誰が悪いとかはないけれど
部長のマネージメント力のなさ
ものごとの本質を見る力のなさ
責任感のなさは確実です。
部長は、彼の暴走を止めれず、営業からの仕事を管理できず
新規事業に新卒を入れ、全く協力しませんでした。
全ての相性があわず、このような結末を迎えました。
自分の信念を貫き、ギリギリまで働いた彼
新卒の私の指導も抱えて本当に大変だったことでしょう。
私も先輩には、本当にひどいことをされました。
そして、私も決して良い部下ではなかった。
それでも、部下からはずさなかった。
それは、私の「夢」を知っていたから。
ルーキーズのように、夢だけはとっても大切にしてくれました。
彼の残していった事業を、残りの契約期間私が抱えることになります。
絶対にお客さんを成功させてみせる。
だからね
私も夢をあきらめない
どんなに苦しいことや悲しいことが起こっても
絶対にあきらめない。
「夢を叶えよう」
勇気をありがとう。
最後まで、あきらめずに「夢」を叶え続けた
彼女の生き様はすばらしすぎて
「夢」をあきらめずに叶え続けるすばらしさを
教えてくれて本当にありがとう。
私も、不器用ではあるけれど
夢に向かって歩いてきました。
けれども、不器用さと自分の傲慢さのあまり
立ち止まっています。
就職活動
納得がいくまで、1年以上続けてやっとの想いで入社を決めました。
4月、キラキラ希望を胸に東京に来ました。
しかし、入社式から社風が理解できず既にとっても不安でした。
それでも、幸運にも自分の夢と近い職種で
新規事業を立ち上げた頼もしい先輩と一緒にがんばっていけることになり
希望のキモチと恵まれた環境を与えてもらった幸せでいっぱいでがんばろうと心に決めました。
しかし、現実は最悪でした。
はじめは、セクハラまがいなぐらいやさしかった先輩。
役職はなく29歳新婚さん。将来の夢は起業!
5月、彼は自分の仕事と1年以内に起業するためのキャリアのことでいっぱいになり
いつしか何もできない私はお荷物扱い。
それでも、彼の負担にならないように役に立ちたい気持ちでいっぱいで
努力をしていたつもりだったのに、彼には全く届きませんでした。
そこから、無視され放置
まだ6月です。
同じ年齢の子たちはみんなドンドン成長しているのに
私はそんな機会さえ与えてもらえない。
質問しているだけなのに、
お前はなんで反抗するんだと怒鳴られます。
そして、いつしか仕事で必要な音源を消してしまったなどという小学生みたいな嫌がらせや
休みの日にまで電話をかけてきて、資料の文句をいってくるようになりました。
本当に悲しかった。
尊敬して、信じていたからこそ本当に悲しかった。
前見たいに一緒にがんばろうって言ってほしくて、元に戻ってほしくて
思えば思うほど、いつしか口からでるのは反抗的な言葉ばかり。
部長にも現状を伝えようと思って、先輩と部長宛てに毎日日報をメールで書いては送ってみたの。
そしたらね、いっぱい罵られて終いには「お前は小学生か」っていうメールが先輩から返ってきた。
部長は、それを見て私を呼び出してこういったの。
「教えるの嫌って言われたら、もう教えてもらえなんだから。ゆうことは聞かないと」
私は愕然としました。
部長が私をあの先輩の下につけておいて「嫌」っていったら終わってしまう世界。
なんのための部長なんだと。
新入社員を教育するという責任感の欠片も全くない会社。
そして、私は沈黙し耐えました。
とにかく存在感を消すように黙々と作業を行うようにしました。
しかし、何度か耐えられずに言い合いになることもしばしばありました。
だって、私は彼が1年以内に辞めることを知っていたから。
だから、できるだけ早く実践の場に出たかった。
そう伝えると、他の事業の営業マンに同行をしろといわれる。
挙句の果てには、現場を知りたいと言えば「お前は「作業員」として働けばいいんだ。」
お前は遅れてるんだから・・・「いつでも、やめてもらっていいんだから。」
マニュアルの存在を知らなかったことで「これからどうするの?会社辞めるの?」
理不尽なことを言われて、あまりに我慢できず言い返してしまう毎日です。
彼は、私に仕事を振らず、無視される日々が続きました。
それでも、私はやるべきことをやり続けました。
レポートを作ることだけが、私の仕事だった時
営業マンに、「仕事を何もしていない」と言われ、他の分野の営業同行をいきなり
しなければいけなくなった時には、あの子は何も知らないと鬱陶しがられました。
もう、毎日がとても苦しくて
成長したいのに、チャンスも与えてもらえなくて
その内、新規事業のサービス内容自体が失敗に終わり
先輩は、案件を抱えすぎた結果、対応の悪さに契約を切られまくり
残った案件はほんの数件。
今まで、自分たちの数字を達成するために使っていた彼に近づく営業はひとりもおらず
全員が彼を馬鹿にして、罵り、悪者に仕立て上げました。
部長も含めて・・・。
そして、遅刻や欠勤が目立つようになった中
大切な商談が3件入っている日に休んでしまい、彼への信頼は最悪なものとなりました。
そこから、巻き返すため新規事業を提案するものの、聞く耳さえ持ってもらえません。
社長と部長の会話からは、
「クビにはできないから・・わかってますって。ただどこまで駄目だといっていいものかわからなくて」
私はというと、9月ごろから急に元に戻った彼が、心を入れ替えたと言い、
ちゃんと指導すると私に講義を数回でしたが開いてくれました。
実践の意味で仕事のやり方を教えてほしかっただけなのに
すごく丁寧に教えてくれるようになりました。
結局彼は、明日会社を退職することとなりました。
そして、彼に可能性を感じ、大手に引き抜かれるカタチとなりました。
「インターネット広告のイメージを大きく変える」と
本当にいろいろありましたがお世話になりました。
見放された期間もありましたが
それでも根気強く、指導してくれてありがとうございました。
適当なところがいっぱいあって
言ったことはほぼ100%実行されない高田純二みたいな先輩でしたが
笑わせてくれたり怒ってくれたり、真剣に私にマーケティングを教えてくれたのは
彼だけでした。
ほんとうに ほんとうに ありがとう
壮絶な半年でした。
学ぶこともいっぱいありました。
誰が悪いとかはないけれど
部長のマネージメント力のなさ
ものごとの本質を見る力のなさ
責任感のなさは確実です。
部長は、彼の暴走を止めれず、営業からの仕事を管理できず
新規事業に新卒を入れ、全く協力しませんでした。
全ての相性があわず、このような結末を迎えました。
自分の信念を貫き、ギリギリまで働いた彼
新卒の私の指導も抱えて本当に大変だったことでしょう。
私も先輩には、本当にひどいことをされました。
そして、私も決して良い部下ではなかった。
それでも、部下からはずさなかった。
それは、私の「夢」を知っていたから。
ルーキーズのように、夢だけはとっても大切にしてくれました。
彼の残していった事業を、残りの契約期間私が抱えることになります。
絶対にお客さんを成功させてみせる。
だからね
私も夢をあきらめない
どんなに苦しいことや悲しいことが起こっても
絶対にあきらめない。
「夢を叶えよう」