お彼岸で、更にお悔やみごともあって、毎日なんやかんや香典袋の用意をしている。

明日は中日。



普段はまるで意識にないのに、ちょっと思い出したりします。

もう、帰れる実家は、ないんだよなあ、と。

母は存命してる、でも既にグループホームに入っているのでね。


おまけに昨夜姉からLINEで、母が手術することになるようだと。

昨年受診した時は様子見ですね、だったけど。

もうさぁ88才だから、これは寝たきりになるだろうし、認知症は加速するだろうし。


ああ、そうか、そっかそっか、て、

ああ、そうなんだなあ、って

仕方ないよね、順番があるとしたらばそうだから。


もういいよね。


母がいいなら、もういいよね、と

そんな風に思っています。











暑さ寒さも彼岸まで。

本当に、そんな感じだねぇ。


明日は春分の日、宇宙元旦、とも言われたりしている。

わたしはよくはわからないけれど。


必要な事しか起こらない現実だから、起こってくる事柄に対して、いかに自分が自分で居られるか?

それによって動くもの、動かされていくもの、


わたしの感覚だけであり続けるために。


味わう感情は、そのためにあるのかもな。


わたしが、その体験を通して味わいたい感情

そのために起きてくる色々な事柄。


今わたしの目の前には、たくさんの絵の具が見えている。

もうパレットに出されているんだ。


さあて、どんな色を選ぶかなあ。

どんな色を重ねていくかなあ。


わたしは、どんな絵を描くだろうか。








美しい空だった。


わたしの内側のひろーいキャンパスにも、こんな空みたいな自由の風を吹かせたい。


わたしはわたしと深く繋がるとき

そんなわたしがわたしを静かに見ていることを、わたしはちゃんとちゃんと知っている。


わたしはわたしとより深く重なり

わたしとなったわたしのことを、静かにぎゅっとただただ抱きしめるのです。








生きている。

だからそれを味わう。





大切なペットちゃんとお話しします。