「最初に対決したとき、俺はネーヴェルに話を持ちかけた」
総合研究所を壊すために、協力しろとそういったエイシャに、ネーヴェルはふざけるなと言った。
そのためにいろんな罪がないように見える人達を殺していくのかと。
エイシャが殺した人達は、ジェーン以外は総合研究所や各国の研究所に関わった人達だった。
「負の連鎖は負しか生み出さないとあいつにしてはよく俺に口を出したなって思ったよ」
ずっと怖がっていたくせに、突然だ。
でも嫌ではなかった。
「殺したいって言われた。だから、その手があったかと思った」
では、総合研究所を壊したら、お前が俺を殺せと。
ネーヴェルにそう言った。
ネーヴェルは馬鹿じゃないかと言ったが、ふとエイシャは思い出したのだ。
「乗り気じゃないあいつに、俺は十草くんの話をしたんだ」
「え?」
「総合研究所が、いつ十草くんを見つけてしまうと思うか、とね」
ジェーンを失ってしまった当時、ネーヴェルが心の拠り所にしたのは、十草以外にいなかった。
だから、容赦なく十草を引き合いに出す。
「ネーヴェルは何よりも一番、十草くんが総合研究所にばれる事を恐れていたから。だから、使った」
ネーヴェルは考え込み、そして頷いた。
ネーヴェルが囚われるのならまだしも、十草は絶対にダメだとそう言いきった。
だから、エイシャの計画に乗ると。
「まぁ、俺もその時君のことを初めて思い出したんだ」
「え?」
「あの子はすごいよ。執念がそうさせたんだろうけど。でも、俺すらも8年は君の存在を忘れていたんだから」
クスクスとエイシャが笑う。
十草を引き合いに出してから、ネーヴェルはとても大人しくなった。
ずっと殺したいという視線を向けられていたのに、それすらなくなってしまった。
そして、エイシャはだんだんと思い出してしまう。
「ああ、この子は本気で十草くんのことが好きなんだなって、ストンと心の中に落ちてきた。俺がミシェルのことを考えるみたいに、十草くんのことを考えるんだって」
それは、素敵なことだと、エイシャは思ってしまった。
ずっと一人で寂しかったエイシャに笑顔を向けてくれたミシェル。
ずっと孤独で哀しかったネーヴェルに安心をくれた十草。
大切に思わないわけがない。
「幸せになってほしいって、思った」
「エイシャ」
「俺はもうミシェルがこの世にいないから無理だけど。でも十草くんはまだこの世にいる。この国に来たのはね、そのためだ」
ふふっとまたエイシャが笑顔を向ける。
十草は顔を背けた。
「あの子を幸せにしたいなって、そう思った。エヴァンズともそこだけは意見が合致していてね。でも、なんとかネーヴェルが12歳を超えるまでは待っていたんだ」
「どうして?」
「明士くんと共鳴してしまえば、全てが水の泡だから」
そういえば、柊が言っていた。
十草とネーヴェル、十草と明士。
十草を介して相手のことを知っていたネーヴェルと明士。
どうして会えなかったと言えば、共鳴するかもしれなかったからだ。
力が強い物同士、近くにいると共鳴することがある。
明士の能力は封印で、封印の能力は2つに分かれる。
1つは超能力。
そしてもう1つは知力。
もし明士の封印の能力が超能力だったら、ネーヴェルと共鳴してしまい、総合研究所に3人の居場所がばれてしまう。
だから、会わせられなかったと。
年を取るにつれて、共鳴はしなくなる。
そう、確か小学校までは共鳴すると言っていた。
「まさか、狙ってきていた?」
「そうだよ、あの子がこの国で言えば中学校になるまで、待っていたんだ」
本当は気づいたときに来たかったんだけど。
そう苦笑するエイシャは、どういうわけか親に見えた。
「まぁ、あの子はめちゃくちゃ怒ったけど」
怒った顔、かわいいけどさ。
とエイシャが苦笑する。
いつも思うが、怒った顔だとか歪んだ顔がかわいいだとか。
趣味が悪い。
十草が怪訝な目をしているのがわかったのだろう。
エイシャがとても苦笑した。
「私、あの子のそういう顔しか見たことがないんだよ」
「え?」
「昔はずっと無表情だったし。笑顔なんて向けられたことさえないし。でも、やっぱり娘ってかわいいじゃないか。それに、こういうことを言っていれば、俺を殺すことも罪悪感を覚えないかなぁ、とか思ったりね」
頑張って考えたんだよね、とまた苦笑している。
なるほど、見たことがないのにかわいいとは言えないし。
自分が殺される役目を負っているから、ネーヴェルが何も思わないようにあえてそう言っていたと。
「エイシャさんって馬鹿なんだね?」
「え?」
「俺だったら、娘にはずっと笑ってもらいたいし、犯罪者なんかにさせないけど」
十草とエイシャでは、置かれている立場が違う。
そんなことはわかりきっていたけれど、十草は言わずにはいられなかった。
「うん、だから。ヴェルを犯罪者にしないようにしようってことなら、協力する」
「十草、くん。どうして、それを」
エイシャがずっと十草に言いたかったこと。
それはきっと、ネーヴェルを止めてくれと言うことだ。
計画を練った最初は、エイシャはそこまでネーヴェルに情を持っていなかった。
むしろ、一緒に死ねばお互い楽だろうと思っていた。
でも、違うと改め直した頃にはもう計画は進んでいて。
どうしようもできなくて、頼りになるのは十草だけだった。
ネーヴェルが言うことを聞く。
そんな人、十草以外にはいないのだ。
「旅費、全部出してよ」
「あー、結構いたいなぁ」
「まぁ、泊まるのはヴェルの部屋に泊まるからいいけど」
「おーい、親の前でそれを言うのかい?」
「これから巻き込まれることを了承した俺に、ご褒美ぐらいくれよ」
「ふてぶてしいなぁ」
言いながら、エイシャは笑っている。
いつもの薄気味悪い、何を考えているのかわからない笑顔ではない。
十草はふうとため息をついた。
「で、この計画を知っている人は?」
「私と君だけだな」
全てを知るのは、2人だけ。
エイシャの計画の全てを知るネーヴェルよりも、エイシャの長男だという秘密を抱えているエヴァンズよりも。
きっとこの男をいちばん知っているのは自分だろう。
優越感よりも嫌悪感の方が強いが、まぁ仕方がない。
だって、囚われのお姫様を救い出す役目は、誰にも譲れないのだから。