「あなた、本気で誰かを好きになったことある?」







ドラマのセリフ。







「その人のことが頭を離れなくなって



胸が苦しくなって



触れあいたい



ずっと一緒にいたい



自分だけのものにしたい」









今日の私には、ぜんぶ、ささった。





簡単に人のことを好きにならない私が、本気で好きになった人。



私のものにしたい、って初めて思った人。



連絡が来るだけで、今でも胸が苦しくなって、



思い出さなかった日は1日もないくらい、好き。







なのにどうして、神様はうまくいかないように仕向けたの?









今度こそ、縁が切れるかもって、覚悟してた。



心のどこかでは、そうあって欲しいと思ってた。



だって、その方が楽だから。



早く離れて忘れて、早く前を向いてしまいたい。









でも自分の力では出来ない。



だって、好きだから。



自分から断ち切るなんて、今の私には出来ない。



そんな私も、情けない。







せっかくいい出会いがあるのに、頭の片隅にずっといて、



心のどこかで比べてしまう。









会って話すと楽しいけど、別れたあとは辛くて切なくて涙が出てくる。



こんなに好きになったのに。



こんなに好きになれる人なのに。







どうして。



私は、自分の性格や考え方を正しいことばで説明することができません。

履歴書の性格?みたいなところを書く欄や自己PR欄も難しいと思っていました。


私が説明する「私」は、「私にとっての私」であり、それは自然と「理想の私」に歪められた「私」であって、
相手が感じる「私」はまた違った私だろうし、10人いたら10人が違う「私」に見えているはずなのです。


ポジティブな私もいれば、ネガティブな私もいる。
攻撃的な私もいれば、平和主義の私もいる。
効率だけを考えている私もいれば、何のためにもならないことをしている私もいる。

それが私です。



そういうことを考えるようになってから、肩の力がより抜けて、生きるのが少し楽になりました。

ありのままの私を受け入れてほしい!なんて幻想
ってみんな言うけど、
ありのままじゃない私を無理に続けてまで受け入れてほしいとは思ってないし、
そんな無理を続けて一生心が歪むくらいなら一人でいた方がマシだし、
私はありのままの私を否定する人とは友達や家族でも一緒にはいられないので、
誰かありのままの私を受け入れなくていいから否定しないでいてくれる人はいませんかー?
って思っている次第です。



ちなみにその感覚は、婚活で知り合った劇的にめんどくさいお兄さんとの会話のおかげでたどり着いたので、劇的にめんどくさい食事だったけど得るものはあったなって思っています。
そのお兄さんは、あまりのめんどくささに新宿駅西口に笑顔で置き去りにしてきたのだけれど。


あ、1つ見つけた。
どんなに転んでもタダでは起き上がらないところも、私のいいところ、です。
いつも忘れそうになるけど

私は本当は人に束縛されたくない

私は本当はいつでも自由に生きたい



誰かの言いなりになったり

何かを強要されたり

わかったふりをされたり

それも、本当は嫌



私は、優しすぎるから、

日常の、普通の状態のときは、

どんなに束縛されても

どんなに土足で踏み込まれても

それなりに笑顔で受け入れて、受け流してしまうけど、


心の真ん中がいつも自由でいられないと

私の心は死んでしまう



だから、覚えておこう

これから先、出会って心を開く人は、

私を鳥かごに閉じ込めない人を選ぶ

私はきっと鳥かごを飛び出したくなるから

その時、お互いに傷つけあわないように


一緒に大空を飛び回れるような人を見つけよう
私には、半年に1回くらい運勢や状況を見てもらう占い師さんがいます。

その占い師さんと会うときは、悩み事の答え合わせをしてもらう、感覚に近いです。





私はとても頭でっかちで、いつもいつも考え事をして、いろんなことを分析しています。



仕事のことはデータがあれば大抵1つの答えが出ますが、

自分の人生に関わることは答えなんてないので、どちらに賭けるか、までしか自分では答えを出せません。





いえ、実際は、多分こっちだろうなぁ、くらいまでは賭けが決まっているのですが、それに心を決めるところまでいけないのです。





そんなときに、占い師さんに会いたくなります。

あえて私の答えは言わず、どんな感じですかね?と聞きます。



そうすると、今こうなっててこの先はこう出てるから、のあとに、私がどちらに賭けるか考えていた2択のどちらかを98%の確率で言われるのです。



で、私はどちらに賭けるか心を決めるのです。



時には私の考え方や賭ける方向を否定してくれるので、とても信用しています。

それに占い師さんの意見は、私のプライベートを知らないからこそ、ある意味で透明です。





例えば親友のアドバイスは、そこには私へのイメージや理想、印象が入るので、どうしても私に都合のいい色になってしまうことが多いなと思うことが多いのです。

(それはそれでとてもタメになりますし、アドバイスは取り入れます。彼女たちは私のデータが豊富なので。)

それに、彼女たちは彼女たちなりの人生観があり、私と違うところもあります。

たまに意見がぶつかってしまい、一生相容れない部分も出てきてしまいます。



親のアドバイスも、同じです。





そんな中で、透明な意見やアドバイスをくれる占い師さんは、本当にありがたい存在です。



私にとって占い師さんは、占い師であり、カウンセラーであり、最後に背中を押してくれる存在、なのです。
お揃いの靴をたまたま履いてることとか



二人ともその靴を最近買ったこととか



ちゃんとした大人になりたいこととか



あなたはすごいねって言い合えることとか



自分の幸せについてとか



世の中の幸せについてとか



そんな話が出来ることが、幸せでたまらない。







今はもういないあの人とは



出来なかったこと。







あぁしてみたい、と私が言えば驚き



こうしてみたい、と私が言えば笑い



ちょっといたずらっぽい顔で



俺のマイブームはあれとこれ、という。



私は、じゃあ、あれにする、と言って



彼の頭の中に決定をゆだねる。



それがとても気持ちいい。









あの人の決めたことにも、私はゆだねてきたけれど



そのときに私の意思は存在しなかった。







私は、彼の、目には見えないセンスを信じている。



私は、あの人の、目には見えないセンスを信じている。







でもそこに、私の意思を伝える術が存在するかどうかで



こんなにも感じる温度が違うことに驚く。







どちらもとても悲しいけれど



寂しいと思うのは彼にだけ。





私のものにならないのは、なぜ。









一人の冬は寒いよね、って笑い合い、



いつも誰かと一緒はちょっとめんどくさいよね、って頷き合う。









じゃあ、時々一緒にいよう、って言いたいけど



もしそう言って、この関係が壊れたら、



を考えると、



怖くて口に出せない。







この彼と私史上、もっとも近い距離にいる状況を、



壊したくないけれど



壊すかもしれないリスクを負わなければ、



私のものにはならない。











どうしたらいい。



わたしは、どうしたらいい。