雑居ビルの一階にある小さなレンタルビデオ屋でバイトを終えて、太陽が沈みかけになった夕方に俺は商店街の路地裏にある飲み屋を訪れた。

「おう和也。久しぶりだな。先にやってるぞ。」

 狭い店内の奥から塩崎康太の図太い声が聞こえてきた。いまさらだが和也というのが俺の名前だ。

「大学卒業して以来だから2年ぶりか。それにしても急に呼び出すなんてどうした。・・もしかして結婚の報告でもあるのか?結婚式の司会なら無理だぞ。先に断っておく。」

「そんなんじゃねーよ。俺みたいな農家じゃ出会いもないし、相手探しも人苦労だ。まあ、とりあえず話すのは乾杯してからにしようや。早く頼め。」

 俺は久しぶりの旧友との再会に気のせいかテンションが上がり、少し饒舌になっていた。すでに火照り顔になってほろ酔いの康太になだめられながらすぐに注文をして、店員が生を運んできた後、俺らは久々の再会に乾杯した。

 それから思ったよりも2人とも酒は進み、互いに語り合った。ほとんどの話題は大学時代の昔のことで、どこにでもありふれた他愛もない話ばかりだった。でも、変わり映えのしない淡々とした日々を過ごしている俺にとっては、そんなくだらないことで盛り上がれる時間がとても心地良かった。

「康太のとこのお父さんとお母さんは相変わらずか。」

「ああ。元気すぎて困ってる。俺がゆくゆくは農家を継がなくちゃいけないのは分かるんだけどな~。毎朝5時に起きてそれから日が沈むまでの仕事の間、何かミスる度に親父は頭叩いてくるし、おふくろは怒鳴ってわめきたててくるしおっかなくてしょうがないんだよ。」

「それは何度もヘマするお前が悪いんだ。大学のときも実験で同じミス繰り返して、授業時間とっくに過ぎてるのに先生と一緒にずっと実験やってたろ。あの時の先生の苦い顔が今でも思い出せる。」

「あれは教え方の問題だろ。うちの親みたいにギャーギャー、あーしろこーしろって命令してくるからテンパッちゃってさ。」

「まったく、あの時と何も変っちゃいないな。」

 俺らはその後も昔話に花を咲かせて盛り上がっていた。康太は日ごろのうっぷんが溜まっているのか、よく話題の切れ切れに愚痴をこぼし、それに対して俺がつっこんでいく一連の流れが当時と何一つ変らなかった。康太の愚痴はいくら聞いていても不愉快な気持ちにはならず、まるでくだらないことでわめいてる子供のケンカのように不思議と聞こえてくる。でかい図体に似合わないその康太の子供っぽさが俺は好きで、大学ではよく康太と共に行動していた。人と関わるのが面倒だった俺が気を許した数少ない友達だ。 

「そうだ!俺の話ばっかで聞くの忘れてたけどさ、和也はまだあそこのビデオ屋で働いているのか。」

「うん。2年間ずっとあそこでバイトしてる。特にしたいことも無いし、とりあえずは続けるつもり。だけどそろそろどこかには就職しなきゃって気持ちも少しあるけどな。でもあいつらの面倒もみなくちゃいけないから当分はこのままかな。」

「そっか・・・。でも実はそんなお前に良い話を持ってきたんだ」

「良い話?」

 康太は急に前のめりになって、楽し気な表情で俺の顔をのぞきこんできたが、俺は一瞬顔をしかめた。なにか面倒な事に巻き込まれるような気がしてならなかったからだが、そんな俺の苦い顔も気にせず、康太は興奮して話を続けた。