今日はトイレ掃除をした。

 

私は、掃除がとても嫌いな人間だった。

小さいころは、掃除をしないと怒られてたので、しぶしぶ掃除をしていた。

 

大人になって親から自立した後は、掃除は最低限で済ませていた。

 

しかし、認識技術と出会って、「掃除が嫌い」と思い込んでいた原因に気づいた。

 

ひとつは、

小さいころに、自分が決断していた無意識によって。

もうひとつは、

5感覚で認識して、「汚れやゴミが有る」と存在させてる事によって。

 

その原因によって、「掃除が嫌い」だと気づいた。

 

その固定された認識の外に出て観てみると、

 

そもそも、「汚れやゴミ」は、どんな素材によって、どの様に、今ここ「汚れやゴミ」として、存在しているのか?

そんな質問が生まれる。

 

『無』から観る事は、「結果」に囚われず、その存在が存在する「原因」や「過程」を楽しめる。

『無』から観る事は、何と出会っても楽しめる自分になる事。

 

人生にとって、それはとても大事な事だと思いました。