以前、デフリンピックについての記事を投稿してパラリンピックに聴覚障害者が参加出来ない事への違和感を挙げた。


その後ずっと、もんもんしていたが、ある時急に晴れたかのような気付きがあった。

それは、パラリンピックの起源と現在の認識のズレ。



 パラリンピックの起源としては、ネットのをかいつまむと戦争で脊髄を損傷して下半身を麻痺した兵士たちのリハビリの一環として行われたものとあります。


Wikipediaで検索すると、パラリンピック出場者は『身体障害者(肢体不自由(上肢・下肢および欠損、麻痺)、脳性麻痺、視覚障害、知的障害)を対象』とあります。(2022.10.14、9:40時点)


知的障害者にはスペシャルオリンピックスがあるのにも関わらず、記載があるのは障害の度合いの差なのだろうか?



 まず、言いたいのは、パラリンピックには一部の身体障害者しか参加していないという事を念頭においておかないといけないということ。


全ての障害者が出場しているかのようにみえるから、違和感の元となっていたのだ。


 そして、パラリンピックという名称の定義も現在では「パラレル」+「オリンピック」という意味で、「もう一つのオリンピック」となっており、これも違和感の一つに。


どうせなら、全ての障害者が参加すればいいのにと思った。世の中にはこういう障害者がいて、どういった過ごし方をしている等、注目し知ってもらう意味ではアリだと考えます。


テクノロジーがどんどん発達している現代であれば、そう難しくはないのかなと思う。近い未来には叶って欲しいものだ。