テレビ放送されているNHKのバリバラ実験企画『障害者の俳優養成塾「神戸塾」』シリーズを見て思った事。

障害者であっても健常者的考え方と見方に束縛されている。


シリーズ最後の放送の「ふつうアップデート 俳優編」の卒業公演でそれが浮き彫りになった。

 沢山の障害者が同時に出演。ほとんど言葉の掛け合いだったが、それぞれが演技。
日本手話を使っていた俳優さんの表情が際立っていた。それはカメラワークにも表れている。

逆に言えば、そこだけ異質。健常者は口で喋るのが常識だからだ。大きなアクションのないまとまった公演だったと思う。

ドリフのような身体を張ったバラエティだったら、それぞれの良さが引き出せたのではないか?安全や健康、事故の事を考えると出来ない場合もあるけれど、安全面をしっかりした上で色々挑戦してみてもいいと思う。

後、不思議に思ったのが演技指導で筋ジストロフィーの方が「校庭に埋めたタイムカプセルを掘り出す」という即興劇をする場面。
車椅子から降りて定規で穴を掘るという演技をしていたのだが、それが嘘くさいと。

自分だったら筋力がまだ残っているならば、後のことを考えていない場合はとりあえず自力で穴を掘ろうとすると思うし、出来なければ人を呼んで助けてもらうというやり方をします。


 そして選ばれる俳優さんは、健常者に近い人。つまり軽度の障害者で、大きな違和感を感じさせない人が多い感じがする。この違和感が曲者で、「自分が投影できるかどうか?」がポイントになるのかなと思う。

現実の映画は、一般の常識から大きく外れなければ無難で確実にお金になるのしか出てこない。だとしたら、障害者俳優さんが立てるのは商業映画でなく、演劇やYouTubeなどの舞台だろう。

選ばれるためには、演技をみてもらえるよう腕を磨きつつ、様々な媒体でアピールして売り込むしかないと思う。後は、障害者を取り入れた脚本や小説などを作り、人目に触れさせ続けるのもありでは。